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三匹の子豚ゲーム❺
「白い耳と尻尾が生えているよ。犬歯も伸びていて……感覚が鋭敏になってる。僕、今ならなんでもできそうな気がするの」
ミチルは息を吸うように一つ、鍵を解きました。
「いや開けるな開けるな馬鹿か? 正気に戻れよ」
騎一が青ざめた顔で言います。
「でも春人の狼姿……見たい……」
「いやいやいや見るな見るな、補完しろ、脳内で補完しろ!」
「春人になら、食べられても……」
「手紙の中身見たくないのか!? お前の決心はそんなものだったのか!?」
ミチルは黙りこくりました。
「迷うレベルなの!?」
こつ、こつ、と急かすように小さくドアが叩かれます。
「ミチル……お腹すいちゃった……」
春人の泣きそうな声が聞こえてきました。
「食う気満々じゃねえか! もう手紙とか鍵とか関係ねえじゃん!」
目を覚ませよ、と騎一はミチルに向かって言いましたが、全く聞いていません。
鍵が一つ、また一つと解けていきます。
「ミチルくん、や、やめた方が……」
危機感を覚えた紫も言いました。
ミチルは紫を振り返って言いました。
「だけど……! 春人の狼姿絶対に可愛いでしょ!」
「確かに……」
「確かにじゃねえよ!」
騎一が紫に向かって言いました。
「私も少し見たい気持ちが……」
「お前は味方なのか敵なのか!?」
始めは控えめだったノックの音が、だんだんと強くなりました。
みし、みし、とドアが悲鳴をあげています。
ミチルは最後の鍵に手を伸ばしていました。
「ミチル……! もう我慢できない! 食べさせて! 食べさせてよ!」
色っぽいなーと思いながらも、騎一はがっしり紫の手を握って駆け出しました。ミチルがドアを開けた瞬間と同時です。
「ぜひ食べて」
二人の後ろでは真っ赤な血しぶきが弾け飛んでいました。
「あいつチョロすぎだろ! 馬鹿か!? 馬鹿なのか!? あの馬鹿野郎!」
パンプスのヒールを響かせながら、騎一は二階に続く廊下を全力で走りました。紫も必死で駆け抜けます。
「紫! 逃げるよ! まだ二匹いるから! ダメだ、ここにいちゃ……上へ……!」
言葉を切って、騎一はピタリと足を止めました。
慣性で前に広がった彼の長い髪がスパン、と切れました。
誰かが通りすぎたのです。
石畳の螺旋階段の手前で、騎一の金色の髪が落ちました。
「……ッ、速い、誰っ……!」
騎一は紫を庇うように屈みました。彼のドレスの裾が千切れます。太ももに、つ、と傷の線ができました。
「まさか……」
すた、と誰かが前方に降り立ちます。
「……郁 ……!」
そこには狼の耳と尻尾が付いている郁が立っていました。毛色は光に当たると鋭いブルーに光ります。いつもの仏頂面でしたが、明らかに動きが洗練されていて、空気も刃のように張り詰めていました。
騎一は思わず叫びます。
「ふざけんな! 可愛すぎだろ!」
彼の背後でゆらゆら揺れるもふもふの尻尾を触りたいと思わずにはいられません。
郁は騎一が首に下げている手紙を指差して言いました。
「俺は絶対にそれを読まない」
き、と彼が睨みつけます。
「渡せ……!」
「いやいや……じゃあなんで書いたんだよ。ほんとは読んで欲しいんだろ? 素直になれよ……!」
騎一は郁に背中を見せないように後ずさりします。紫を庇うように背中に隠して、ずりずりと階段の前に立ちました。
郁は嫌そうな顔でこめかみを掻きながらため息をつきます。
「書いたんじゃない、書かされた」
「……どういうこと?」
「小夜が俺たちの深層心理に潜り込んで、それを言葉として念写したんだ、その紙に。だからなにが書いてあるのか俺たちも知らない。絶対に読みたくない……!」
紫が眉をひそめます。
「可哀想……」
「同情するな同情するな!」
郁は顔を上げました。
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