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三匹の子豚ゲーム❼
「いいえ、これは騎一くんがデザインして、ミチルくんが繕ってくれたんです。髪は騎一くんがアレンジしてくれました。シニヨン、っていうんですよ。似合いますか……?」
「ええとても……ちょっとイきそうになるレベル……後で二人に礼を言わないとな、まあ生きてたらの話だけど……俺はオシャレとかあんまり分からんからなぁ」
ばつが悪そうに瞳をぱちぱちさせた後、翠は紫の顎を掴んで持ち上げました。
その手は人間の手というよりもむしろ狼の手でした。
爪は鋭く、掴まれたら握りつぶされそうなほど大きいのです。
「さて紫、俺は狼になっちゃったから、あなたを食べないといけない」
紫は目をギラつかせる翠に向かって微笑みかけます。
「本当に狼ですね。そのお耳と尻尾、よく似合っていると思います」
「紫にそう言われると嬉しいな」
声は弾んでいましたが、顔は少しも笑っていません。口元からは涎がつつ、と溢れました。
翠は本当に、狼になってしまったのです!
「でもこの手じゃ紫とヤラシイことできないからさ……あなたの髪を解くこともできない……傷つけてしまう……だからさっさと終わらせよう」
「翠くん、いつもより……野性的ですね……」
「だって俺は狼だからサ……あなたを食べたくて食べたくて仕方ないよ……今すぐにでも……この喉元に齧り付きたい……」
「ミチルくんと騎一くんは……?」
「血の匂いがするからきっともう食べられちゃったよ、あなたしか残ってない。俺はあなたを食って、狼に勝利を持って帰る」
「どうしても私を食べるのですね」
翠は唸りながら、紫の腰を引き寄せました。
後ろでリネンのドレープが、冷たい風にそよいで綺麗です。
「翠くん、私は……」
翠は彼の言葉の続きを想像しました。
死にたくない、食べないで。そんな命乞いの言葉を期待したのです。大好きな彼の悲鳴と断末魔を聴きながら花の香りのする生き血を浴びて生暖かい肉を貪る、なんて贅沢なのでしょう!
しかし現実はそうもいきませんでした。
紫はおずおずの彼の尻尾を掴むと、尾の付け根に手を伸ばしました。
熱い、と思った瞬間に、彼の尻尾の付け根の毛が焼け焦げます。
「私は結構、強かったりするんですよ……!」
翠は慌てて距離を取りました。
「翠くん、君は鍵を持っていますね」
紫の右手から煙が出ています。
彼がその手で翠の尻尾を焦がしたのは確かなようです。
動揺する翠をよそに、紫はいつもと変わらない笑顔で言葉を続けました。
「しかも一つじゃない、三つ持っている」
紫は翠の尾を指さします。そこには鉄の輪で繋がれた、三つの鍵がありました。
熱い西日を浴びて、キラキラと輝いています。
翠は舌打ちをしました。
「鍵を奪ったら勝ち。騎一くんが言っていました。つまり二人が食べられてしまったとしても、鍵が三つ、豚の誰かの手に渡れば、私たちの勝利です……!」
お願いするように手を合わせて、彼は首を傾げました。
「私はその鍵がどうしても欲しいのです」
翠は一瞬可愛い、と思いましたがすぐ我に帰ります。
奥歯を噛み締めて彼に言いました。
「へえ、紫って争いごとには疎いと思っていたよ」
「ふふ、翠くん……私だって立派に世界の一部なのですよ。弱者は淘汰されるこの世界で生き残るには……多少の生存競争も厭わない。それに……」
合わせた手を絡めると、紫の淡い色の瞳がキラキラと光りました。
「私だって男ですからね……!」
翠はあはは、と笑います。
「惚れ直した」
それはとても人間らしい笑い声でした。
大きな地鳴りが地中深くから響きます。
「私は狼でも豚でも人間でもない……人ならざるもの」
それは生物に危機感を覚えさせるような恐ろしさのある音でした。
紫は優しく美しい顔で、不敵な微笑をたたえています。
「いわゆる、チート、です」
大地を引き裂く音と共に、巨大な木の幹が一瞬にして家の周りに現れました。
その幹は生き物のように生い茂り、翠めがけて伸びていきます。
葉擦れの音が土砂降りの雨のように響き渡りました。
「君を磔にしましょう。私のお兄さんを食べた罪を贖いましょう、最後の狼さん」
ドス、ドス、と翠めがけて枝が突き刺さりますが、翠は間一髪で逃れます。
「私は自然物を使役できます。精霊や妖精に呼びかけて、家を建てることだって陽の光を借りて君の尻尾を焦がすことだってできちゃうんですよ……だからいくら君の身体能力が高くても……私を食べることができるでしょうか……!」
紫は祈るように目を伏せました。
「力を貸して……!」
風が衝撃波になって翠めがけて飛んでいきます。
翠は目にも留まらぬ俊敏な動きでそれを躱しました。
「させるかよ。俺はあなたを食って絶頂に浸りたい」
一瞬で距離を詰めた翠は、なんの躊躇もなく紫に爪を立てようとしました。
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