7 / 30
油断
トカプチはオレの風貌を差別することなく、短期間で受け入れてくれた。更にはオレのような半獣と躰を繋げ番となり、子まで成してくれたのだと思うと改めて彼に感謝したくなった。だから彼の願いを叶えてやりたかった。
そのことしか、頭になかった。
だから油断していた。
あまりにも自然にトカプチがオレを受け入れてくれたので、己の姿が人間にとって異端であることを意識しなくなっていた。
「出たなっ!このぉ半獣め!仕留めよっ!」
暗い森を抜けトカプチと出会った小川に沿って走っていると、突如矢を放たれた。器用にかわしながら走り抜けるが、オレを仕留めようとする人間がわらわらと増える一方で、流石に身の危険を感じ一旦引き返そうと立ち止まると、既に四方から囲まれていた。
「この化け物めっ、生け捕りにしてやる!」
暴れようと思えばいくらでも出来た。人間どもなんて俺の鋭い牙と強靭な躰をもってすれば、あっという間に倒せるとも。だがこいつらもトカプチと同じ人間だと思うと、躰が動かなくなり攻撃出来なくなってしまった。
息子のトイも尻尾と耳以外は人の赤子の姿をしていたこともあり、最愛のトカプチやトイの姿と彼らが被り、迂闊に手が出せなかった。それにトカプチの故郷の人間は、彼の親友だったかもしれないのだろう。
今までのオレが抱いたこともない、表現し難い不思議な気持ちが芽生えていた。
人はこれを何と呼ぶのだ?
分からない……トカプチがいないと分からないことばかりだ。
「何だ?もう抵抗しないのか。案外弱いな!よしっ厳重に縄をかけろ!」
抵抗をやめると縄でグルグルと手足を巻かれ拘束された。そしてそのまま両手を荷馬車に繋がれ、まるで見世物のようにズルズルと引き摺られた。
「ウウッ!」
手足はともかく人と同じような皮膚を持つ胴体が、デコボコの地面に擦れ酷く痛んだ。血が滲み痛みが走る。俺が一番弱い部分が、みるみる傷ついていく。
「ウゥーーーーウォォーーー!」
「くそっこのぉ半獣め!トーチを攫ったのはお前だろう!」
「腹を空かせたお前がトーチを担いで攫って行く後ろ姿を、俺は見ていた!あの日からずっと小川付近を見張っていて正解だったな!」
「まさか……トーチを食べてしまったのか!また腹を空かせてやって来たのか!」
引きずられながら、次々と厳しい尋問を受けた。
トーチとは……トカプチのことなのか。
それは違う!オレは食ってない!彼はオレの大事な番いだ。
だが攫ったのは、確かにオレだった……
(違う、そんなつもりはなかった。トーチは生きている!オレの大事な人になっている!オレの愛しい番を殺すはずないじゃないか!)
「けっ!吠えてばかりで五月蠅い口だな!この猛獣め!」
トカプチには通じていたオレの声は、何故か彼らには届かなかった。
オレの訴えは、誰にも聞いてもらえない。
「さぁ街の広場の張り付け台に連れて行くぞ。トーチの行方を吐くまで拷問してやる。そうだ、トーチの両親も呼ぶぞ。愛しい息子を殺された恨みは深いから、覚悟しろよ!」
(違う!違うんだ!そんなつもりでここに来たんじゃない!)
ともだちにシェアしよう!

