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拷問

「腹を狙え!そうだ!そこだ!」  ビシッ──  バシッ──  わざと体毛のほとんど生えていない胴体部分めがけて鞭で打たれた。縄で縛られた腕をそのまま高い木の枝に吊るされ、爪先立ちになるような厳しい姿勢を取らされていた。無抵抗なのをいいことに、執拗に拷問された。 「ウォオォー!」  眼には血の涙が滲む。鞭で打たれる度に、ヒリヒリとした激痛が走った。  半獣として生まれたオレの血が、どんどん人間らしい思考を忘れて獣色に染まっていくのが分かる。このままではオレは、トカプチのことも分からなくなってしまうのでは……  それは嫌だ。  それが一番怖い。   「ウォォォォ……」 (トカプチ、どこだ!君が近くにいないと、オレは君を忘れてしまいそうだ!) 「トーチの親は間もなく到着するそうです」 「よしっ!拷問はこれからが本腰だぜ!覚悟しろ、この半獣めが」  朦朧とした意識の中で、オレは自分の母の顔を思い浮かべていた。  両親は生粋の狼だった。なのに生まれたオレは何故か半分……人の躰を持っていた。突然変異だったのか、それとも先祖にオレと同じような半獣がいたのか。  そのことが忌み嫌われ、生まれたばかりのオレを異端と判断し抹殺しようとした狼の仲間と父は戦い、命を落としたそうだ。  母はオレを連れて群れから逃げ続け、やっとの思いで辿り着いたのが吹く風も凍るあの『トカプチ』と呼ばれる北の大地だった。  物心ついた時、己の躰のつくりが母と異なることにショックを受けた。顔や手足の先端は母と同じ狼そのものだが、四肢の途中までと胴体部分が決定的に違ったのだ。母に泣きながら問うと『トカプチ』よりもっと南に下った所に住む人間の姿と似ていると教えてもらった。そして俺のような躰の持ち主を人間界では『半獣』と呼び、残念ながら忌み嫌われる存在だとも教えてもらった。  食べ物も凍り植物も育たない荒廃した土地の岩穴で、俺と母は必死に生きようと努力した。だが結局育ち盛りのオレに食べ物を優先的に与えていた母が餓死してしまうという最悪の結果を招いてしまった。  母が死んだ時、オレはまだ十歳だった。  そこからは必死に生きた。人間界にそっと近づいては食べ物を奪い横取りした。俺のために死んだ母のためにも、俺だけは生きないといけない。  ただそれだけのために、ひとりで生き抜いた。  どこまでも強く獰猛になるのが、そのための手段だった。  あの日は次第に警戒が増して満足に食べ物が手に入らなくなり、腹が減って死にそうだった。森を抜けると母の乳を彷彿させるような甘い匂い誘われ、ふらふらと小川に出た所で、トカプチを見つけたのだ。  運命の番、トカプチと出逢った。  「おい、もういい加減に吐け!本当は人の言葉も分かるんだろう?喋ってみろよ!」  背中から生暖かい血がドクドクと流れるのを感じたが、そこを更に容赦なく打たれた。皮膚が裂ける。  もう駄目だ。  獣の脳に支配されてしまうと、オレは自分が止められなくなる。ただの獰猛な野獣になり果ててしまうのに……痛みによって引き起こされる憎しみ、苦痛、あらゆる負の感情が、思考を根こそぎ奪っていく。 「ウウゥー」  細胞が作り変えられるような、脳の痛み。  その次にオレはとうとう半獣ではなくなった。  狼以上の化け物になった。  バキっと俺を吊るし上げていた大木を折り、縄を内側から引きちぎった! 「うわぁ何だ?急に!この化け物!」 「ウォォォォ!!」  食ってやる!どいつもこいつも食ってやる!  そんな危険信号が脳に届く。 「グゥゥゥゥ」  トカプチのために彼の親の元へ行くという大切な思念も、猛獣の脳が消し去ってしまう。  オレは後ろ足を蹴り上げて、一気に走り出した。 (殺してやる!食ってやる!) 「やばい!襲ってくるぞ!逃げろ──!」  突然変異したオレの異様な様子に、拷問していた人間どもは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。 (ロウ ……)  その時、後ろから誰かに呼ばれたような気がした。  『ロウ』とはオレの名だったか。  大事な……オレの大事な……これは誰の声だ?  ううぅ……思い出せない。  分からない。  あいつらを食うべきか、森へ戻るべきか。  どうしたらいい?  誰か教えてくれ!

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