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両親

「なんですって!トーチを攫ったという狼の半獣が現れたって、本当なの?」 「それは誠なのか」 「はい、実はトーチが攫われた時の様子を、幼馴染のアペが目撃していたそうです」 「なんだって今頃……それを、もっと早く教えてくれれば良かったのに」 「と|にかくその半獣を捕えて、広場で拷問している最中なので、ぜひ一緒に」 「嫌よ……怖い……私は結末を知るのが怖い」 「レタル……大丈夫か」 「あなた!どうしたらいいの?」  最愛の息子トカプチが私達の前から忽然と姿を消してから、もう半年以上過ぎていた。あれは十六歳の誕生日のことだったわ。朝起きたら息子が自分の部屋から忽然と姿を消し、どんなに探しても痕跡すら見つからなかった。  それからは夫とふたりで悲しみに暮れ過ごしていたのよ。でも静かにその事実を受け入れていたのには、理由があったの。  あの子に重たい枷を背負わせたのは、私だったから。  我が家に代々伝わる特異体質。胸から絶えず乳が滲み出るという不思議な身体の仕組みを男の子であるトカプチ、あの子がよりによって色濃く受け継いでしまうなんて。  私は女性だったし乳の量も少なかったので、生活にそう困ることはなかった。オメガであることは悩んだけれども、幸いにも強く凛々しいアルファのサクとすぐに出逢い結婚し番となれ、トーチを産んだので、周囲にバレることもなかった。  順調過ぎる人生だと思っていたの。しかもトーチが卒乳する頃には、その特異体質は消滅し、普通の女性と変わりない生活を送れるようになり、喜んでいたのよ。  だけどその代わりに、ある日……まだ幼いトカプチの胸から白い液体が滲み出た時には驚愕したわ。しかもあの子の体質は私よりもずっと強かった。成長期に入ると、もう晒し無しでは生活できない程に乳が溢れ出してしまい……あの子のために何枚も何枚も白くて長いさらしを作り、日に何度も取り替えたのを思い出すわ。  晒しを巻く度に、あの子は切なく屈辱的な表情をいつも浮かべていた。 ****  十六歳の誕生日の前夜。  いよいよ発情期が迫っていることを感じ危機感を抱いていたトカプチは、いつもより更に悲しい目で訴えてきた。 「母さん、俺はもうこれ以上、ここでは暮らしていけないかも」 「何故そんなことを言うの?」 「胸が……もう限界なんだ。張り詰めて痛くて量もどんどん増えて……俺、これからどうなってしまうのか不安だ。最近実は味覚も変になってきているし……それに何より周りの奴らには絶対に気づかれたくない。もう、どうしたらいいのか分からないよ」 「あぁなんてことを。トカプチ……ごめんなさい。私のせいだわ。明日お父さんと一緒にあなたが今後どうしたらいいのか真剣に考えましょう。場合によってはここを出ることも踏まえて」 「ありがとう……母さん」  トーチと名を変え、胸を晒しで隠し必死に生きる息子。  久しぶりにそっと胸に抱けば、母親の私でも発情期のオメガの匂いを感じてしまった。そして心労のせいか酷く身体がやせ細っていた。こんなにこの子は細かったかしら。今にも倒れそうな程だわ。どうしたらいいの?もうこのまま放って置くことは絶対に出来ない。 「母さん、俺……匂うだろう。これが発情期ってヤツなんだろ?男なのに……嫌だ。もう苦しいよ。顔見知りの男たちには、絶対に知られたくないんだ」  寂しい笑顔を浮かべる息子が不憫だった。 「そうよね。本当にごめんなさい。こんな体質をあなたに押し付けてしまって……」  そんな訳で、夫に息子をこの町から出した方がいいと相談する矢先だった。だからトカプチの失踪を、町の人と同じ気持ちで騒ぎ立て探すことは出来なかった。  もしかしてあの子が自ら失踪したのなら、それを探すのは酷なこと。でもやっぱり母としては心配だわ。せめてどこで何をしているのか、安否だけでも知りたいと思っていたわ。  なのにこんな……晴天の霹靂のような報告を受けるなんて。    狼の半獣ですって……  トカプチは自ら失踪し、人知れず生きているのではなく、半獣に喰われたというの?  そんな……まさか。  眩暈がして、その場で動けなくなってしまった。 「レタルっ、大丈夫か。少し気持ちが落ち着いたら行くから、とにかくトーチの行方を聞き出してくれ!」  私の代わりに、夫のサクが叫んでいた。

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