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秘密
「くそぉ、トーチを襲った半獣め!一体どこに逃げた?俺がトドメを刺してやる!トーチの仇を討ってやる!」
俺は弓を持ち、もう片方の手には剣を握り、暗く深い森を駆け抜けた。
****
俺の名はアペ、トーチの幼馴染だ。
トーチとは家が近所だったこともあり小さい頃からずっと仲が良く、町の学校へも一緒に通い、トーチの親友というポジションは俺だけのものだった。
溌溂として機敏なのに、まるで可憐な少女のような容貌のお前は、いつだってこの町の人気者だった。なのに成長するにつれて、どこか思い詰めた顔をするようになり、気になっていた。
今思い出せば、お前は十六歳の誕生日が近づくにつれ、ますます様子が不安定になっていた。
「あれ?トーチ、お前の昼飯またそんだけ?最近どうしたんだよ?なぁ何か悩みがあるなら俺にだけは話してくれよ」
「アペ……ありがとう。何でもないよ。最近、体調が少し悪いだけだ」
「本当にそうなのか。ならいいけどさ」
「そうだよ。アペは余計なことを言わないからいいな」
「え……」
その言葉にドキッとした。そう言われたら、もう何も聞けないじゃないか。
俺の横で膝を抱え遠くの山を見つめるトーチの横顔は、同級生の女子よりもずっとずっと綺麗だった。透き通るような肌が夕陽に映えていた。お前……こんなに色白だったか。それになんだか躰も丸みを帯びて、腕や腰を触ったら柔らかそうだとも不謹慎に思ってしまった。
同級生は日に日に変化していくトーチに対して、明け透けに物を言うが……俺だけは、そんな言葉、絶対に口にしたくない。
「最近のトーチは、妙な色気があって可愛いよな」
「なんでお前は日焼けしないんだ?腰なんて女みたいに細いじゃないか。そんなんで女を抱けるのか。なんなら俺が試しに抱いてやってもいいぞ。トーチならいけそうだ」
男としてのプライドが揺らぐような卑猥な言葉を浴びて、トーチは顔を赤く染め、怒りに震えていた。
「やめろ!ふざけるなっ!変なことばかり言うな!」
それでも同級生は揶揄うばかりで、少しも悪いと思っていない。集団になると悪が芽生えるとは、このことかと辟易した。
「悪い悪い!だってお前、なんかいい匂いするから」
「いいから、もう離れろ!」
トーチはそれ以来、俺達同級生からますます距離を取るようになってしまった。本当は俺だって同じだ。親友面している癖に心の中では同じことを考えている。そのことを人知れず恥じた。
あれはトーチが十六歳の誕生日を迎えた朝のことだった。
少し前からトーチの食がますます細くなってしまい、かろじて摂取出来るのは水分だけのようで……どんどん躰も痩せてしまい見る影もなかった。
俺に出来ることはないか。トーチを助けたい。
そうだ……
町外れの小川の水は、雪どけ水が流れ込んでくるので、今の時期は澄んで甘いそうだ。しかも東雲(しののめ)の刻の、空気の澄んだ時間帯に汲んだものは最上だと、祖母から昔語りしてもらったことを思い出し、俺は暁時にそっと家を抜け出した。
持ってきたガラス瓶に、清らかな小川の水をたっぷりと汲んだ。
これを煮沸し飲料水にしてトーチに贈れば、きっと喜んでもらえる。食欲が戻れば、きっと元の明るく溌溂としたトーチに戻ってくれると願って、これ以上持てないほどの瓶を抱えた。
ところが……俺がそろそろ帰ろうとした時、驚いたことにトーチ自身が茂みの中から現れたのだ。人目を気にしているようでキョロキョロと辺りを警戒していたので、慌てて俺は木立の間に隠れた。
じっと息を殺しトーチの様子を見つめた。
あいつ……こんな時間にこんな場所に何しに来たのか?
あっもしかしてトーチもこの水を?ばあちゃんの話、お前も知っていたのか。
ところが、話しかけようと足を一歩踏み出した時に、ギョっとした。
トーチが着ていた白いシャツのボタンを、突然外し出した。
なっ……何するつもりだ?
まさか水浴びなのか。
こんな朝早くから、こそこそと?
妙に心臓が、ざわめいてしまう。
もっと驚いたのはトーチの平らな胸には、白い布がぐるぐるに巻かれていたことだ。トーチは俯いて唇をきゅっと噛みしめながら、それを外しだした。
んんっ?
トーチの上半身裸を最後に見たのはいつだったか。そういえばアイツ、運動の時間もいつの間にか着替えていて、夏のプールは風邪をひいているからと欠席ばかりで、ここ暫く見ていなかったことに漸く気付いた。
とにかくその胸に、どうしても視線を向けてしまう。
俺と同じ、男の乳首のはずだ。
なのに何故か違うと本能的に思った。
そして……その乳首からポタポタと白い液体が滴り落ちるのを見てしまった。
え……何だ?
まさかあれって……乳なのか。
お前、牛みたいな白い乳が胸から出るのか。
女性は赤ん坊を産むと出るって聞いたが……男なのに?
トーチ、お前が悩んでいた理由はそれなのか。そんな秘密を抱えて生きて来たのか。とんでもないトーチの秘密を目撃してしまい、足がブルブルと震えた。
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