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懺悔
胸から白い乳が出るトーチの秘密を知り、動揺し戸惑った。
どうお前に声を掛けたらいいのか、分からないよ。
迷っているうちに、更に驚くことが目の前で起きてしまったのだ。
俺が隠れている場所とは逆の茂みが大きく揺れたかと思うと、腹を空かせた半獣が「ウォォー」と獣の雄叫びをあげながら突如現れ、トーチに襲い掛かった。
なっ……あれは、一体何だ?
森の向こうには顔が狼で躰が人間のような半獣が住んでいて、たまに町にやってきては食べ物を奪っていくと、噂では聞いていた。
まさに、それなのか。ならば早くトーチを助けないと!
そう思うのに武器を持たない俺の足は、びくともしない。そうこうしている内に、半獣はトーチを小川から引きずり上げ、俺に背を向ける形で草むらに押し倒してしまった。
「うわぁ!何をする!どけっ!どけよ!」
トーチの悲鳴だ!
トーチが喰われてしまう!
もう見ていられなくて、目をギュッと瞑った。
「うわぁ、やめろ!……あっ……んっ……」
俺は、何て意気地なしなんだ!トーチの親友をずっと気取っておきながら、いざという時に助けに行けないなんて……恐怖でブルブルと躰が震え、一歩も踏み出せないなんて最低だ。
「やっ……やめろ!離せっ」
あぁ……トーチの声が遠ざかってしまう。
固く瞑った目を恐る恐る開けると目に飛び込んできたのは、半獣の背中に担がれ連れ去られて行くトーチの姿だった。
どうしよう!どうしたらいいんだよ。
知ってしまったトーチの秘密の扱いに戸惑ったのと、連れ去られたトーチを助けに入れなかった自分を恥じ、あの時の俺は……何も見なかったふりをしてしまった。
だけど……後悔が募る一方だった。
嘘をつき続けている自分が許せなかった。
トーチ、許してくれ。
お前を見捨てるなんて……俺は最低な男だ。
お前の幼馴染で親友だなんて、もう言えないよ。
トーチ、今どこだ。
あのまま連れ去られ、半獣の狼の餌になってしまったのか。お願いだから生きて戻って来てくれよ。
俺はそんな後悔と懺悔の日々から、ずっと小川を見張っていた。
いつかトーチがこの森を抜けて帰って来てくれたら、その時は温かく迎え入れよう。お前の秘密は俺が一緒に守ってやるから安心しろ。でももしトーチが帰って来なくて、あの半獣が再び現れたら、必ず仕留める。あの半獣がまた他の獲物を狙うのなら、今度は隠れずに逃げずに、戦うから。
その暁には、トーチが襲われるのを目撃したのに言い出せなかったことをちゃんと告白し、トーチの親にも町の皆にも懺悔しようと胸に誓っていた。 その決意のもと、今、俺は行動している。
暴れ出した半獣の眼は、血眼で狂気を帯びていた。もはやその姿は半獣ではなく、完獣に変化しつつあった。一体……どうなってしまうのか!
早く仕留めねば。
あのまま逃がしたのでは、町中に被害が出るぞ。
トーチひとりの命じゃ済まなくなる。
トーチの仇は、俺が打つ!
****
「ウォォォーーーグルル」
躰が……急激に変化していく。
細胞が生まれ変わるような、脳の記憶も溶け出すような、煮え立つような熱い血が体内を駆け巡り、暴れまくっている。
「ウォォー!!」
トカプチの躰と唯一同じだった、人間らしい胴体に狼の毛がどんどん生えて、皮膚を覆いつくしていく。鞭で何度も打たれ裂けた皮膚も見えなくなっていく。やがて二本足の歩行が出来なくなり、気が付くと四足歩行で地面を蹴り、獰猛に吠えながら、町中をぐるぐると駆け回っていた。
助けてくれ!
とうとう……こんな姿になってしまった。
これじゃ、もうオレだと分かってもらえない。
見つけてもらえない。
オレは誰だったのか……
愛した人がいた。
大事な存在があった。
でも……もう……その名を……思い出せない。
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