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気配
「はぁ……はぁ……」
どうしたんだろう?さっきから必要以上に息が上がり満足に歩けない。抱っこ紐の中でスヤスヤと寝息を立てるトイがとても重く感じる。
少し休んだ方がいいのかもしれないな。本当はトイが眠っている間に一気に森を抜けたかったが、仕方ない。
おまけに雨が降ってきた。故郷では恵みの雨と喜ばれたが、今の俺には疲労した躰に負担をかけるだけのものだった。しかも遠くで雷が轟いている。雨が酷くなる前にどこかで雨宿りすべきか。トイが風邪を引いたら大変だしな。
辺りを見回すと突き出た岩場の下が窪んでいて、雨を凌ぐのに良さそうだったので、そこに潜り込みんでトイを抱っこ紐から降ろし、ふぅーっと一息ついた。
土の壁にもたれ天を仰ぐが視界が狭い。ここは森の奥の奥だな……暗くてじめじめしている。
さっきからずっと不安を感じている。
俺の躰、少し変なんだ。まるであの発情期を迎える前夜みたいに熱を持って、火照っている。嫌な予感がして胸元を見下ろすと、胸に巻いていた晒しがぐっしょりと濡れていて驚愕した。
えっ……なっ……なんでだよ。
ロウに吸われるようになってから、こんな風に漏れ出すことはなかったのに……どうしたんだ?
その時になって、ようやく気がついた。
ロウの気配が全く感じられない
ロウの匂いを辿れない。
さっきまで微かに感じていたロウが通った道が、今はさっぱり分からない。
まさかロウの身に、何あったのか。
慌てて、ロウに噛んでもらった番の印があるはずのうなじを、指で触れてみた。いつもだったらそこに触れると、まるでロウに口づけてもらっているように甘く疼くのに……今は不安に呼応するように、胸からじわっと乳が溢れ出るだけだった。
「まさか……ロウ、どこだ?どこにいるんだよ!返事してくれよ!」
どんなに呼んでも叫んでも、雨音しか帰ってこない。不安と焦燥でふいに涙がこみ上げてきたので、手の甲で乱暴に拭った。
「信じない……信じないからな!俺の番はお前しかいない!お前がいないと生きていけない!」
膝立ちになり顔をあげ、雨で涙を洗い流し、樹々の間から顔を出す暗雲をキッと睨んだ。
だがそんな行動を嘲笑うように俺の躰からはこれでもかという程、発情期の甘い乳の匂いが立ち込めて来て、わなわなと身震いした。
そうだ!トイを起こし吸ってもらおう。こんな状態で町に行ったら、大変なことになる。
「トイ、トーイっ起きて!」
なのに……こんな時に限ってトイはぐっすりと眠りこけて、まるで起きる気配がない。
****
あの猛獣は町中を威嚇しながら走りまわった後、弓矢を避けるように森へ駆け込んでしまった。だが逃がすまい。
小川の先の森は深く、迷い込んだら抜け出るのが困難だともいわれる冥界のような場所だが、俺はトーチの仇を討つまで帰れない。いや、帰らないと誓っていた。
やがて雨が降り出し猛獣の足跡が消えてしまった。闇雲に森を彷徨っていると、人の声が微かに聞こえた。
えっ……こんな所に人が?誰か紛れ込んでしまったのか。
声を頼りに近づいて行くと、俺はこの声の主を知っていると思った。
だってこれは……俺の大事な幼馴染のトーチの声だから。
必死に誰かを呼んでいる。酷く切ない声だ。
すぐ傍にいるんだ!トーチが俺の傍に!
居ても立ってもいられず、俺は一目散に声の主の元へ走った。
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