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驚愕
青い草を掻き分け、そっと覗き見した。
「えっ!」
「あっ!」
夫と共に大声をあげそうになり、お互いに口を手で塞いだ。
(しーっ静かに)
(そっそうよね)
ゴックンと唾を飲み込む音が、妙に大きく聞こえた。
そこに広がる光景に心底ギョッとした。我が息子が原っぱに押し倒され、さっきの大柄な青年にすっぽりと覆い被されていた。やがてその男性はトカプチの上着を開き、息子の肌を露わにさせ、胸元に顔の位置をずらした。
えっ……何しているの?
ひどく驚いた反面、その光景には何故か見覚えがあった。
馴染みがある光景だわ。これ……
遠い昔……私もあんな風に夫となったサクに、よく乳を吸われたのよね。懐かしい……じゃあこの男性が、トカプチの相手なの?
男の子なのにオメガ性だと分かった時点で、将来トカプチが番う相手が男性になるかもしれないとは覚悟していた。だから覚悟の上ではあったけど、相手が随分とハンサムな青年なので、ドキドキしてしまう。
でも狼という話はどうしたの?
青年の躰を上から下までじっと観察して、初めて青年の髪の毛から狼の耳が、そしてお尻からは狼のモフモフの尻尾が生えていることに気が付いた。なんというかあまりに違和感がなくて、見落としてしまったわ。
「レタル……これって」
「ええ、サク……なんだか若い頃の私達みたいに、それに……あら?えっ!」
その時になりようやく青年の陰に隠れていた物体が初めて見えた。今度は流石に大声を出しそうになった。
それは小さな赤ちゃんだった。
よちよち歩きし始めた位のあどけなさ。その赤ちゃんにもやはり小さくてかわいい獣の耳と、まだ生えそろわない可愛い尻尾がぴょんっと生えていた。そしてその顔は、私達の息子トカプチの赤ちゃんの頃とそっくりだった。
ということは……えっ……
「あなた……赤ちゃんよ、まさかあれはトカプチの産んだ子なの?あの子……いつの間にそんなことに……」
それはもう驚いた。攫われるように消えてしまい狼と番になったと聞いただけでも驚くべき事実なのに、赤ちゃんまで授かっていたなんて……いよいよ心臓がバクバクする。
もう片方の乳首をぱくっと小さなお口を精一杯開けて咥えるその仕草は、赤ちゃんそのもので愛らしかった。
「あっあ……んっ!」
「うわっ」
今まで一度も聞いたことのない息子の甘く切なげな声に、聞いている私達の方も真っ赤になった。まさか再会の喜びよりも前に、こんなシーンに遭遇するとは思いもしなかった!
息子は二人を受け入れつつ、少し恥じらい抵抗していた。
もう……どっ、どうしたらいいのかしら、このまま見ていていいの?流石に止めに入るべきなの?
すると二人の会話がますます怪しい方向へ傾きだしたので、いよいよ夫と顔を明後日の方向へ背けてしまった。
「駄目だ!今は朝飯としてだろう!吸うだけに徹しろよ!」
「次はトカプチにも朝飯をやらないとな」
「うっ……」
「だからオレをもっと刺激しろ」
「ばっ馬鹿っ!!」
「さぁトカプチも飲めよ」
「んっいやっ、家でもらうよ」
「いいから、今飲め。ほらっ」
えっ……なっ何を言っているのかしら?
トカプチは何を飲むの?うちの息子に変な薬でも飲ます気じゃないでしょうね!いくらあなたがカッコよくても薬は駄目よ!
ガサガサッ──
私の方がとうとう誘惑に負け、何を息子に飲ませようとしているのか、この目で確認しようと茂みを掻き分けてしまった。
「レタルっ待て!」
夫の制止を振り切り、私は茂みの向こうに反射的に跳び出していた。
「トカプチ!無事なの?」
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