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最終話『未来』
「あなたのこと……本当に父親だと思っても?オレなんかが……いいんですか」
トカプチの番は完全なる狼になったと聞いていたが、これはどうしたことか。今私と肩を並べて歩く背の高い青年は、耳と尻尾、肩や胸にかけての毛は狼そのものだが、顔は人と同じで私達と何も違わない。
オーロラ色の毛並みによく似合う、澄んだ湖のように青い瞳からは、他人を思いやることを知っている事が、ひしひしと伝わって来た。
完獣となった彼の怒りを沈めたのは、私の息子……トカプチなのか。
彼はトカプチのために、姿を変え、生まれ変わったのか。
世の中には、まだまだ不思議なことがある。
でも、それでいいじゃないか。今、幸せなら、素直に現実を受け止めよう。
「あぁ、君にとって私は『お父さん』でもあるからね」
「お……お父さん?」」
「あぁそうだ、君のご両親は?」
「……もう……いない」
彼は寂し気に、頭を横に振った。
そうか……彼の寂しさは、そこから来るのか。きっと長い年月一人ぼっちで生きて来たのだろう。彼の背中がそう物語っていた。
「では今日は『誕生の日』になるのだな。まさにこれも『Birth』だ。私達は君と出会い、君を受け入れ、君の両親になり、今日から新たな関係が生まれるのだから」
「そんな風に言ってもらう訳には……オレはトカプチを攫いました。とんでもない罪を犯したのに、何故許してくれるのですか」
「うむ……大事な息子が忽然と姿を消したことへの恐怖、悲しみ、喪失感……今の君なら全部分かるはずだね。君も父親になったのだから」
「はい……それはもう……痛い程に……だからどうにかして、あなた達とトカプチを会わせたくて、無謀にも町に行きました」
「その結果、君は理不尽な制裁を受けてしまったね。心も躰も傷ついただろう?」
「でも……オレが撒いた種ですから」
「君はもう充分償った。だからもういいんだよ。それ以上自分を責めなくても、さぁ行こう、息子よ」
「……はい」
「それから君が胸に抱くのは、私達の孫になる赤ん坊だね。家に着いたら、よく見せて欲しい」
「うっ……ありがとうございます。オレなんかを……」
獰猛なだけの狼はもういない。
大事な息子の番は、心根の優しい人狼だった。
彼の……人の心を理解しようとするひたむきさに、胸を打たれた。
彼にならトカプチを任せられる。
まだ十六歳の幼な子だと思っていたが、さっき彼を呼ぶトカプチは……大人と変わりない思慮深い姿になっていた。
彼によってトカプチは自分の躰の秘密から解き放たれ、のびのびと生きられていることが、先ほど覗き見してしまったので、充分過ぎるほど分かった。それに私も散々レタルの乳をせがんだので、君の気持ちが痛い程分かるしな。確かにあれは美味くて虜になるよな。
「さぁ……ゆっくり話そう。君と息子の家で」
****
「まぁ~可愛い!なんて小さいの!きゃーこの耳を見て!こんなに小さいのにピョコンっと立ってるわ。あーん尻尾もフリフリしてる。トイっていう名前なのね。私があなたのおばあちゃまですよぉ~」
岩穴に着いてからずっと母さんはハイテンションで、トイを抱っこしてあやしている。もちろんトイも人見知りせず、ニコニコと笑っている。
うーん、俺達以外の人に抱かれるのは初めてなのに、随分愛想よく笑って馴染んでいるな。まったく……コイツは将来すごい『たらし』になりそうで、心配だよ。ロウみたいにカッコよくなるのかな。
そりゃトイは我が息子ながらすごく可愛いから分かるけどさ、なんだか俺が妬いちゃうほどだよ。
「トカプチ……良かったな。ずっと会いたかったろう。お父さんとお母さんに」
「ロウありがとう。全部お前のお陰だよ。こうやって再会出来たのは、お前が危険を顧みず手紙を届けてくれたからだ」
「いや、あの手紙は実は落としてしまったのだが、ちゃんと届いて良かった。心が伝わって良かった」
「うん……俺の戸惑いが、お前を危険な目に遭わせてしまったな。本当に許せ。お前のこの背中の傷は、勲章だよ」
「いや……オレは何も立派なことなんてしていない。トカプチと共に暮らすようになって、トカプチから学んだことをしているだけだ」
「ロウ!そんなお前が好きだ。どんどんお前は変わっていくな。その……」
「なんだ?」
「うん……俺好みにさ」
「ははっ、そうか。この人の顔も好きか」
至近距離でロウに見つめられ、顔がポンっと火照った。
「あっ……あんまり近づくなー」
「何故?」
「かっ……カッコ良すぎるからさ!」
ふたりで話していると、両親がこちらを見てクスクスと笑っていた。
げっ!今のやり取り……全部聞かれていた?見られていた?
「トカプチ……もう多くは語らなくても大丈夫。あなたが幸せなこと、充分伝わっているから。惚気話も散々聞かされたし……イチャイチャシーンもたっぷり見ちゃったしね」
「かっ……母さん!」
「でも、あなたがひとりで出産なんて……がんばったわね」
「いや、ひとりじゃないよ。ずっとロウがいてくれた」
「そうね。そうだったわね。ロウ……トカプチの番になってくれてありがとう。この子のこんなにものびのびとした姿、心からの笑顔、久しぶりに見ることが出来て、全部あなたのお陰だと思ったわ」
「お……母……さん」
戸惑いながらもロウがそう呼ぶと、また空が一段と明るくなったような気がした。
なぁロウ……俺さ……ずっとお前の寂しさを埋めてやりたかったんだ。
俺が生きていくためには、お前が必要不可欠だったことも嬉しかったよ。
そう思っていたから、トイを産むことに迷いはなんてなかった。
そして今、俺の両親がお前を心から愛してくれている。
いい光景だ、最高の気分だ。
お前はずっと一匹狼で……本当はずっと飢えていたのだろう。
飢えは……食べ物にだけじゃない。
『愛に飢えていた』
そして俺は、ありのままの自分をさらけ出せる場所に飢えていた。
俺を解放してくれたお前に返せるものは、『情』だった。
俺の親からの愛情、番となった俺からの愛情、息子からも慕われてさ……様々な方向から、お前、今……心から愛されているよ。
今のロウは……もうひとりじゃない。
「あら……雪?」
母の言葉に誘われ窓の外を見ると、どこまでも澄んだ青空から、白くて小さな花が雪のように降っていた。
まるで魔法にかかったような光景だ。
空には乳のように真っ白な雲がふんわりと大地を包むように浮かび、そこから花びらが次から次へと舞ってくる。
どんどん……どんどん……
それが草原に舞い降り、大地に新たな花を咲かせる。
どんどん……
やがて草原には花畑が出来、池が一層輝き、初夏の薫風が草原をさぁーっと吹き抜ける。
「まぁ……なんて美しい景色なの」
「まさに酪農に相応しい土地、土壌だ……」
「そうだ、アペから贈りものがあるのよ」
「何?」
「乳牛を二頭預かってきたの」
「乳牛?」
「そうよ。そうだわ。ここを牧草地にして牛を育ててごらんなさい。きっと良質なミルクが採れるでしょう。そうしたらとっておきのチーズの作り方を教えてあげるわ」
「母さん、ありがとう。父さんも……」
眼を閉じれば浮かぶ。
ロウと俺、成長したトイの三人で乳を搾り、チーズを作り……汗をかいて働く姿。
『トカプチ』という名の大地を……俺達が力を合わせて、この地を酪農王国にしよう。
未来に続くように、希望を持って三人で生きて行こう!
『Birth』トカプチ続編 了
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あとがき
こんにちは。志生帆 海です。
fujossyさんコンテスト応募の短編『トカプチ』は6000文字弱だったのに、続編『Birth』はなんと4万字超え!ここまで話が膨らみ自分でも驚いています。毎日執筆するのが、とても楽しかったです。最後まで多くの方に読んでいただけ、今までにない程沢山のリアクションいただけて、更新の励みになりました。
ロウもトカプチも……トイも、私自身、夢中になれるキャラでした。また彼らともどこかで会えたらいいなと思っています。
この物語を書くことで、新しい読者さまと沢山出会えました。お気に入り、しおりにもご登録ありがとうござます。
普段は『重なる月』という長編とそれに関連する創作を、毎日書いているのですが、またこのような短編にもトライしたいと思いますので、ご縁が続けば嬉しいです。
本当に貴重なお時間を割いて、読んでくださってありがとうございます。
またトカプチたちの成長を書く日がありましたら、ご縁があるといいです。
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