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第3話

◇◇ (…酷い嵐だ) 仕事を終えて外に出ると、どす黒く染まった空が唸るような轟音を立てていた。 思わず、はあ、と溜息をつく。 来る前はあんなに天気が良かったのに、春の天気は良くも悪くも変わりやすい。本当は少し下界を見て回ろうと思っていたのだが、こう酷い天気では無理そうだ。 天界へ帰るため、身を翻す。 翼をばさりと一度羽ばたかせ、風に乗るべく、大きく広げる。 強い風が、髪を揺らした。思わず目を閉じ、翼を縮こめる。 通り過ぎていった風に混じって、微かに、誰かの声が耳を掠める。 か細く震え、啜り泣きの混じった声。それは一瞬だったけれど、俺の気を引くのには十分だった。 見えない糸に手繰り寄せられるように、ふらりと音のした方へと飛んでいく。 やがて、前方に建物が見えてきた。小高い丘の上にぽつりと立つ、教会のような建物。声は、ここから聞こえてきているようだった。 壁をすり抜けて、中へ入る。 中は明かりが灯っていず真っ暗だったが、奥の祭壇の前に、薄っすらと人の影が見えた。 「…ます われらの父よ」 どうやら、祈りの最中らしかった。 近付き、人影の前に回り込む。 下界の民に直接干渉することは禁じられているので、声をかけることは出来ない。 そっと覗き込むようにして、床に跪いて祈りの言葉を口にする人間を見つめる。 「…あなたの栄光を賛美します。どうぞ、私の心をお探り下さい」 祈りの主は、まだ若い青年だった。 身に纏う服からして、どうやら聖職者のようだ。 青年は目を閉じ、一心不乱に祈っている。 「…私の母に、どうかあなたのご加護をお与え下さい」 窓から差し込む月の光が、彼の顔を照らし出した。 端正で、綺麗な顔。閉じられた目を縁取る長い睫毛。その先にぷっくりと浮かんだ、透明な涙。 ーー目を、奪われた。 瞳からほろりと零れた涙は、まるで葉に浮かぶ露のようにきらきらと輝きながら、頰を伝う。 (…なんて、綺麗なのだろう) 唇から、感嘆のため息が漏れる。 同時に、もっと青年を知りたいという衝動に駆られた。 畳んでいた翼を広げる。 ばさりと翼を振り、出現した風の渦に乗って宙に舞い上がる。 (…また、来よう) 真っ黒い闇の中、胸に生まれた小さな想いと共に、翼を翻した。

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