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第8話
◇◇
「…よお、神父サマ」
祈りを捧げ終わるタイミングを見計らって、窓辺から降り立つと、ジョセフが顔を上げた。
こちらに向けられた目が、またお前か、というように細められる。
「…暇だな、悪魔も。私と遊ぶ以外に、やることはないのか」
「ああ。ないね」
即答すると、ジョセフは眉を潜め、浅く溜息をついた。
きっと、呆れているのだろう。でも本当にその通りなのだから、仕方ない。
天界にいた時は何かとやらなければならない仕事が沢山あったが、天使としての翼を失い、魔界に堕ちてからは、全く無くなってしまったのだ。
「俺は、あんたに夢中なんだ」
腰に手を回し、ジョセフの身体を抱き寄せる。
「…それにあんたの母だって、そろそろ魔術の効果も切れそうだろう」
「んっ…」
白い首筋に、キスを落とす。
ジョセフは僅かに身動いで、小さく息を吐き出す。
「…私は、…未だに分からないんだ」
ジョセフの瞳が、こちらへ向けられる。
「悪魔が人間と接するのは、人間の魂を得るのが目的だろう。なのになぜお前は、…私の身体を欲しがる?お前に何のメリットがある」
「……」
答えに困る質問だ、と思った。
こういうとき、なんと答えれば良いのだろう。
あんたに恋をしてしまったから。そう、馬鹿正直に答えられるほどの勇気は、生憎持ち合わせていない。
それにもし持ち合わせていたのなら、こんな風に悪魔になどなっていないだろう。
「…美しい人を自分のものにしたいと思うのは、男として当然な欲求だろう。それが例え、同性であったとしても、だ」
ジョセフの頰に、軽く口付ける。
「あんたは、美しい。だから、抱きたい。…ただ、それだけだ」
ジョセフの目が、細められる。
全てを見透かすような視線に、どくんと心臓が跳ねた。
「…お前は、私という肉体の器が好きだと、そう言っているのか」
「……ああ。とても魅惑的で、離したくない」
「…ふうん、なるほど」
ジョセフはふっと俺から目を逸らすと、俯いた。
そのまま、何か考え込むように、黙り込む。
沈黙が、場を支配した。
ジョセフは今、なにを考えているのだろう。
俺の答えが期待通りで、安心したのか。
それとも、もしかしたら……なんて、淡い期待を抱いてみるものの、叶うわけがないと分かっていた。
「……ん、…っ」
ジョセフの下唇を軽く食む。
ほんのりと赤くなったそこを、舌でぺろりと舐めあげる。
柔らかくて、仄かに甘い。
ジョセフの後頭部に手を回し、そっと引き寄せれば、抵抗することなくジョセフは身を預けてくる。
軽く啄ばむようなキスから、ねっとりと絡みつくようなキスへと、徐々に深くしていく。
キスの合間に漏れる、ジョセフのため息交じりの声が、酷くいやらしくて、興奮を煽った。
◇
互いが達した後、くたりとジョセフがこちらに身を任せてくる。
頭を撫でてやると、ジョセフは肩で息をしながら、気持ちよさそうに目を閉じる。
「…あの、さ」
少し迷ってから、ジョセフに声をかけた。
ジョセフは薄く目を開けると、なに、というようにこちらを見上げる。
その真っ直ぐな瞳に、一瞬躊躇いつつも、口を開いた。
「…ずっと、あんたに聞きたかったんだ。俺と取引したこと、後悔して、ないのかどうか」
ぱちくりと、ジョセフは目を瞬かせた。
数秒間惑うように瞳を揺らしたかと思えば、再度、こちらへ視線を向ける。
「後悔、か。…してないといえば、嘘になるだろう」
しかし、とジョセフは直ぐに付け加えた。
「お前と取引することで、母が助けられているという現状を加味すれば、…これで良かったのかとも思う」
「っん…」
目の前が、暗くなる。
唇に柔らかな感触を感じて、キスされたのだと気付く。
感じた仄かな温もりはすぐに離れていって、視界が明るくなる。
「…私達は、利害関係で結ばれた関係。それ以上でも、それ以下でもない」
ジョセフが、呟く。
それは俺に向けての言葉なのか、あるいはジョセフ自身に向けての言葉なのか、それは分からない。
けれどーーその通りだ、と思った。俺達は、それ以上の関係にはなれない。
「…それで……と、…のに」
ジョセフの呟きが、空気に溶ける。
聞き返そうとして、それを妨げるように、ジョセフに唇を塞がれる。
きっと、聞き返して欲しくないことなのだろう。
そっと首に手を回してくるジョセフの身体を抱き締め、与えられる甘美なキスに身を委ねた。
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