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俺の幼馴染みがこんなやつだって知らなかったんだ。①
「ただいまー」
学校から帰ってくると家には誰もいなかった。会社勤めの智紀さんがいないのはともかく、在宅ワークの親父もいないのはちょっと珍しかった。
「あれ、オジさんもいないの?」
「そうみたい」
当然のように和馬はうちに寄る。もうすぐ6時になるし一件挟んだ右隣に家があるんだから一度帰ればいいのに、こいつはうちにいる時間の方が長い気がする。別に家族と仲が悪いわけではないみたいだけども。
「飲み物持ってくから、先に部屋行ってて」
「おっけー」
和馬は俺のカバンも持って2階へと上がっていった。
キッチンの冷蔵庫を開けるとオレンジジュースのペットボトルがあった。いつも何かしらのジュースが入っているのだが、何を買うかは全て智紀さんの気分次第なので2日毎に変わる。割とフルーツ系の飲み物が多いのだが、今回はオレンジジュースの気分だったみたいだ。つくづく可愛い人である。
食器棚から自分のグラスと何故か置いてある和馬用のグラスを取る。お盆の上で同じ量を注ぎ、ポテトチップスの袋を1つも一緒に持って部屋へ向かった。
部屋のドアを開けると、他人 のベッドの上に寝転がってマンガを読んでいる和馬が目に入る。全くもって遠慮のないやつだ。そう思っても、こいつのこういう性格は昔からなので言っても聞きやしないだろう。
「はい。今日はオレンジだった」
和馬がカーペットの上に出しておいてくれた折りたたみ式のテーブルに持ってきたお盆とポテチを置く。和馬はマンガを置いて床に座った。
「オレンジジュースかぁ。な〇ちゃん? バ〇リース?」
「な〇ちゃん」
「智紀さん、可愛いな……」
「だよな……」
部屋の暖房を入れる。来ていた制服をハンガーにかけジャージとパーカーを着た。
「お前も学ランくらい脱げば? シワになるぞ」
和馬は学ランを脱ぎ、自分の隣に放った。それじゃあ結局シワになるので意味がない。拾ってハンガーにかけると自分の制服の横に引っ掛けた。こいつの面倒を見るのも、面倒臭いと思うがアホらしくなるほど俺の生活パターンに組み込まれている。
「なあ」
向かい側に座ると、和馬は真剣な面持ちで聞いてきた。
「お前の進学先って東京だったよな?」
「そうだけど。それがどうした?」
「家、出るのか?」
「おう、多分な」
「そっかぁ……」
なんか急にセンチメンタルになった和馬は見ていて気持ち悪い。いつもの陽気さはどこへ行ったのかと思うほどだ。
「爽太くん、ちょいとこちらに来たまえ」
「はぁ?」
和馬はテーブルに対して横を向いて正座をする。そして自分の前の床をトントンと指先で叩いた。ここに座れ、ってことだ。
いつもならこの阿呆の言うとおりにはしないのだが、今日は何やら真面目な顔をしているので仕方なく言われた通りにする。テーブルを回り込み、相手につられて正座をする。
「で、何だよ」
向かい合って座らされた理由を聞くが、和馬は俯いたまま喋らない。
暫く沈黙が続き、やっと和馬は口を開いた。
「あ、のさ……」
「うん」
「俺、お前が好きだ」
親友の突然の告白に固まる。
「……へ?」
びっくりし過ぎて我ながらマヌケな声が出た。
「俺は! 爽太が! 好きだ!」
両肩をガッシリ掴まれて1語ずつはっきり言われる。いや、聞こえてはいるんだよ、聞こえては。
「お、おう?」
今自分が置かれた状況に理解が追いついていなかった。決して偏見があるとかではない。親が親だし、むしろ俺も智紀さんに少しだけ、ホントにほんのちょびっとだけ、気が無いわけでもなかったし。さすが親子、好みは似るものだなと思ったこともあるくらいだ。
「お前が智紀さんのことが好きなのは知ってるんだけどさ」
「えっ……!」
俺の肩を掴む手に力がこもった。
「気付かない訳ないだろ! 自分の好きな人が誰に好意を寄せてるかなんてさぁ!! 智紀さんはともかく、たぶんオジさんは気付いてるよ!」
「親父も?」
「だって、お前と智紀さんが話してる時のオジさん、めちゃめちゃ目が怖いんだぞ! あれは嫉妬の目だよ!!」
「そんなこと……」
「あるんだよ、バカ!!」
思い切り叫んで思っていたことをぶちまけた和馬は、俺から手を離して座り直した。
今度は俺から切り出してみる。和馬の気持ちはよく分かった。だから理由が知りたかった。
「……いつから?」
「……小3のとき、下校途中にお前が坂でコケて、膝擦りむいて泣いてるのを見たときから」
顔を赤くし唇を尖らせ斜め下を向きながら語った理由は、なかなか変態だった。親友の新たな一面を見た気がした。
「……うーわ、悪趣味」
「うるせぇな! 夕陽に照らされたお前の泣き顔にキュンときちゃったんだよ!!」
「そもそもあれは、お前がバッタ持って追いかけてきたせいだろ……」
「それは、悪かったと思ってる」
また暫く沈黙が続いた。
「……で、お前は俺と、結局どうなりたいわけ?」
沈黙を破ったのは俺の方だ。俺の問いに和馬は目を見て答えた。
「俺と付き合ってほしい」
見たことのない真剣な表情に思わず胸がドキッとする。和馬のことは嫌いではない。むしろ好きだ。でなければ、幼馴染みといえどもこんなに長く付き合ったりはしない。でも、その“好き”がライクなのかラブなのか考えたことすらなかった。俺の中では和馬は和馬だったから。
「……正直、和馬のことを恋愛対象として見たことなかった。付き合い長いし、半ば家族みたいなものだったし」
「……うん」
「だからお前の告白に、今とても戸惑ってる」
「……うん」
「でも、お前のことは好きだ。ちょっと手のかかる奴だがな」
「じゃあ……!」
「まだ俺の『好き』が、お前のそれと同じか分からない」
「……やっぱ、ダメなのか……」
「人の話は最後まで聞けよ。だから、……一つ、試したいんだ」
「試す?」
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