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第3話

 対して、須賀くんは俺と同じタイプだった。つまりは、接客が苦手だった。 「背筋は伸ばして、手は後ろじゃなくて、組むんなら前に。もう少し声のトーン上げて、大きく」 「は、はい」 「あと、顔出すの嫌じゃなければ」  裏に回り、ロッカーをあさる。あった、あった。グレーのチェックの三角巾。須賀くんに手渡す。 「これ、女性用なんだけど、よかったら」 「これ、は」 「ええと、前髪。できれば、あげてほしくて」  戸惑っている須賀くんから、三角巾を預かり、後ろに回る。 「触ってもいいかな。嫌じゃなければ」 「あっ、はい! 全然!」 「ごめんね」  いくら冷房が効いているとはいえ、この暑い中、タートルネックって。と思ったが、うっすら、首回りが盛り上がっているのを見、口にしなくてよかったと思った。事故防止の首輪だ。万が一、『アルファ』に襲われたとき、『番』になることだけは防ぐために、うなじを守るためのものだ。  前髪を掬い、三角巾でまとめ、結び目を後ろでつくる。 「ほら、かわいい」  と言ってしまってから、失礼だったかと、口をふさいだが、須賀くんは気にした様子もなく、むしろ、嬉しそうにはにかんだ。  かわいい。  須賀くんは、全部一生懸命に取り組んでくれた。わからないことは聞いてくれるし、たどたどしい接客も、むしろ、「ゆっくり話を聞いてくれて嬉しい」と年配のお客さんからは評判がいい。  なんとなく、意外にも、2人との日々は順調だった。  ***  2人との日々は順調だったが、俺の日々は相変わらず順調ではなかった。突然、エリア長が来訪してきた。間が悪いことに、俺は、裏の休憩室のソファで仮眠をとっている最中だった。 「あ、れ、エリア長」  エリア長は、ここら辺一体の店長を束ねる存在で、俺の直属の上司にあたる。まずいところを見られた。  慌てて起き上がるが、遅かった。胸の上に勢いよく、重たい紙袋を叩きつけられ、噎せる。 「昼寝とは良い身分だな。岡店長」  昼寝じゃない。一応は今は休憩時間で、寝ておかないと、夜動けないから休んでいただけだ。そう言いたいけれど、咳でうまくいかない。 「お前のところ、他と比べて焼き菓子の出が悪いからさ、何か案考えて、来週の会議で発表して。あと、それな、新商品のパンフレットだから汚すなよ」 「あ、はい」 「ああ、あとこれも」  エリア長の持ち上がった掌に、肩が跳ね上がる。 「ははっ、何びびってんだよ。だっさ。叩くわけねぇだろうが。これ、全店舗の売り上げデータ、目ぇ通しておいて」 「は、い」 「じゃあ、寝てないで、しっかり働けよ! っと」  頭を叩かれる。めちゃくちゃいい音がした。やっぱり、叩くんじゃないか。 エリア長はもう俺の方を見てはおらず、扉の隙間から、表で働く神野くんの後ろ姿を見、「ほう」と息を吐いた。 「あー、あれが、噂の『アルファ』のバイト。さすが、堂々として落ち着いてる」 「はあ」 「なんでこんな店希望したんだか。ああ、お前の顔でたらし込んだか」 「か、お?」 「その『オメガ』みたいな気色悪い顔と要領悪い中身」  本日2発目、また、叩かれた。頭、余計に悪くなる。エリア長は「ハッ」と鼻で笑った後、店を出て行った。会議、来週だ。行きたくないな。 俺は、エリア長が苦手だった。ぐさぐさとコンプレックスを刺激されて、どんどん思考が悪い方にいってしまう。思い出してしまう。  決して須賀くんのような美少年ではない。ただただ男らしくない覇気のない顔。気持ちが悪い。わかってる。  床に散らかったパンフレットを1枚1枚拾う。 「い、たた」  胃が痛い。膝をついたら、うっかり、立てなくなってしまった。そのまま背を丸め、うずくまる。 「岡さん? 大丈夫ですか? なんかすごい音してましたけど、誰か来てました?」 「大丈夫。ごめん、前」 「今、お客さんいないんで大丈夫ですよ。立てますか」 「ごめん」  差し出された神野くんの手を支えに、立ち上がる。背を伸ばそうとすると胃が張る。壁にもたれ、猫背になって、痛みが和らぐのを待つ。 「ごめんね。大丈夫だから。前、お願い。俺、もう少し、横になってていいかな」 「それは、もちろん」 「ありがとう」  胃薬、鞄の中にあったはずだ。その前に、ちょっと横になってないと今、辛い。  壁を支えに歩き、ソファに身を投げ出す。 「病院行って下さい」 「1人に、できない」 「俺、大丈夫ですよ」 「大丈夫、だろうけど、きまり、だから。ありがとう。『アルファ』なのに、本当に優しいなあ」 「なんですか、それ」 「ごめん」  嫌だよな。『アルファ』だからとか『オメガ』だからとか。俺、『ベータ』だから、わからなくて。だめだなあ。 「病院、行って下さい」 「いつものことだから、平気」 「岡さん」  目を開ける。神野くんの掌が目の前に迫っていた。頭を掴まれる。 「病院、行って下さい」

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