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第4話

 気がつくと、俺は、ベッドの上に仰向けになり、左手の甲から点滴を受けていた。  白いシャツに黒いパンツ、エプロンまでつけた、制服のままだった。  状況がわからず、枕元に置かれていたナースコールだと思われるボタンを押す。すぐに、看護師さんが来てくれてた。  どうやら、俺は、病院につくなり倒れたらしい。諸々検査を受け、胃炎と栄養失調の診断で、ここに横になっているそうだ。 「今日は点滴終わったら帰ってもらって大丈夫ですよ。あとこちらは、胃を保護するお薬ですね。それと痛み止めです。1日3回、お食事もしっかりとってから飲んで下さいね」 「すいません、ご迷惑、を」  20歳(はたち)過ぎてまで何をしているんだ、俺は。  看護師さんは、怒るでもなく迷惑そうにするでもなく優しかった。申し訳ない。  店に電話をすると、すぐに神野くんが応じてくれた。もう21時を回っていて、勤務時間なんかとうに過ぎている。 「大丈夫ですか、岡さん」 「ごめん、本当にごめん。ただの胃炎だって。もう少しで戻るから。ごめん」 「俺は大丈夫ですよ。お店もシャッター下ろして、レジも締めてるんで、確認だけお願いしてもいいですか。厨房の片付けと明日の準備もしてます。ゆっくり帰ってきて下さい」  うわあ。俺、いらない。  というか、バイトさんをこんな時間まで拘束して、1人にしてって、申し訳なさすぎだし、エリア長にバレたら、大目玉だ。  そんなことを考えていたら、また胃のあたりが鈍く痛んだ。 「本当にごめん。もう帰ってもいいからね」 「気にしないで下さい」 「ありがとう」  情けない。情けなさ過ぎる。大人なのに、年上なのに、全然だめだ。  電話を切ってから、また仰向けになる。ビタミンやら糖分の入った点滴らしい。ぽたぽたと筒の中で規則正しく落ちる滴を見ていたら、瞼も重たくなってきた。  そういえば、最近、嫌な夢ばかり見て、うまく眠れていなかった。  ***  すっかり暗くなってしまった。こそこそと裏口から中に入る。店内はまだ明るくて、神野くんは休憩室のソファに座っていた。俺に気がつき、読んでいたものからすぐに顔を上げる。 「店長、大丈夫ですか」 「あ、神野くん、迷惑掛けて、その」 「俺のことは全然いいんで」 「ごめん」  ふとソファの傍のテーブルを見れば、神野くんが読んでいたのは、エリア長が置いていった全店舗の売り上げ表だった。   「うちの店舗、なかなか売り上げ伸びなくて酷いでしょ」 「そんなふうには思いませんでしたけど。お客さん少なくても、量買っていく方多かったですし。この立地のこの規模のお店ということを考えれば十分かと。最近は、お客さん自体増えてますし」 「それは、神野くんのおかげで」 「店長のケーキの飾りも人気ですよね。繊細で丁寧で。俺も好きです」  病み上がりだからなのか、情けない大人への労りなのか、神野くんが優しい。て、神野くんはいつも優しいか。  褒められ慣れてなくて、照れる。けど、嬉しい。 「俺ね、ケーキづくりがしたくて。製菓の学校通ってたんだ。ここのケーキ屋さんでバイトしながら。その頃は、大きなお店で、つくる方メインでやらせてもらってたんだけど、就職したら、こんなことになっちゃった。もう土台からのケーキづくりなんてしばらくやってない」  焼きたての黄色のスポンジの香り、バターを捏ねるときの腕の痛さ、色とりどりのフルーツのカット。懐かしく思える。ケーキのデザインを考えるの好きだったなあ、メレンゲの角が初めてきれいに立ったとき感激したなあ。全部、昔のことだ。   「俺、何がしたかったんだろうって思うよ」  製菓の学校でのコンテスト、必死になって考えたつくったケーキ、楽しかったなあ。  なんて、1人語りが過ぎる。沈黙が重たい。  神野くんが黙って聞いてくれてるもんだから! 「ご、ごめん。神野くんには関係ない話。こういう大人にはなるなっていう見本ていうか。これも社会勉強だと思って。ごめん」 「そんなこと、言わないで下さい」  神野くんはソファから立ち上がり、代わりに俺の肩を押し、そこに座らせた。売り上げ表との距離が近づき、気持ち悪くなる。 「俺は、店長のお客さんへの向き合い方も好きですよ」 「はは、ありがとう」  たどたどしくて、お客さんの言いなりの俺の接客の何がいいんだろう。  神野くんは、結局、俺の最終確認が終わるまで店に残ってくれた。当然、不備はなく、ありがたいやら悲しいやら、なんとなくむなしい気持ちになった。  「送ります」という神野くんの申し出を断って、道を歩く。本当に送られる程の距離もないくらい、店からアパートまでの距離は近い。  歩きながら、考える。  神野くんは、タイムカードをきちんと定時で押していた。それなのに、この時間まで仕事をしてくれていたんだ。ありがたいけど、申し訳なさすぎる。  何かお礼をと言ったら、「じゃあ、デートして下さい」と言われた。 「あと、店長のつくったケーキ、食べてみたいです」  さすがは、アルファ様。ちょっとよくわからない。

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