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第5話
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軍用竜が何匹も夜空を舞い、近くの湖から運んできた水を散布して、寺院の火事はやっと消火された。
竹林で野宿をしていた男の焚き火から、炎は燃え移ったらしい。
幸い生き残った僧侶が、見たことをすべて話してくれた。
いつもソラが花窓から眺めていた竹林。
雨が降らなかったことから竹も土も乾き、あっという間に炎は広がったそうだ。
この話を、ソラは焔獣(えんじゅう)国が建てた天幕の中で聞いた。
怪我をした僧侶や宦官たちは他の天幕で手当てを受けていて、周囲は野戦病院のようになっている。
煤を拭われて新しい着物を着せられたソラは、幸い無傷だった。
しかし着物を着替える際に芍薬の痣を見られ、聖なる銅珠であることから、この天幕へ通された。身分の高い者だと判断されたのだろう。
ここは貴族の天幕なのか。太く立派な柱を中心に放射線状に梁が渡され、見るからに丈夫な布で覆われた空間は、高貴な者しか使わせてもらえない場所のようだ。
なぜなら今座っている寝台も簡易のものではなく、しっかりとした四つ足の枠組みに絹の布団が敷かれた物で、行灯も立派で、天幕の中も明るい。
しかも一番奥に飾られた国旗……燃え盛る炎と咆哮する狼の図を見て、これは焔獣国の天幕であることが一目でわかった。
ソラは世間知らずだが、無知ではない。
寺院にあった本はすべて読み、下界のことは僧侶や宦官からよく聞いていた。
その中には好奇心だけの醜聞もあったが、特にソラの心を捉えて離さなかったのが、近所の街で行われる結婚式や、どこの娘と誰の息子が付き合っている……などという恋の話だった。
恥ずかしくて積極的に話に加わることはできなかったが、それでも部屋で一人の時は、本当に好きな人に愛される感覚とは、どんなに素晴らしいものか? と想像して、胸を高鳴らせた。
聖なる銅珠と崇めたてられても、ソラの中身はごく普通の十八歳の銅珠なのだ。
「目が覚めたか?」
「は、はい……」
捲り上げられた天幕の入り口から、体躯立派な男が身を屈めて入ってきた。
鬣を思わせる真朱の髪に、立派な狼の耳とふさふさの尻尾。身長は儀晃よりも高く、ソラと頭二つ分は違うだろう。
上質な外套を纏い、深衣の上からでもわかる鍛えられた身体の彼は、凛々しい深緋の瞳でソラを見つめた。
その端整な顔に、ソラのときめきは止まらない。
真っ直ぐ通った鼻筋と、きりりとした眉。まつ毛は長く、肉厚で形の良い唇は意志の強さを表すように、真一文字に結ばれている。
健康的に日焼けした肌は、戦場の第一線に立つ軍師であることを表し、筋張った男らしい手には剣胼胝ができていた。
しかしソラを一番落ち着かなくさせたのは、彼から香る匂いだった。
(この香り……)
彼は、先ほど自分を救い出してくれた聖狼と同じ香りがした。
懐かしいような……それでいて生命力が漲る力強い香りに、ソラの鼓動は再び速まる。
(あの立派な聖狼は、この人だったんだ)
変身することができない人間属と違い、自分の意志で変身できる狼属は、しばしば姿を変えて戦場へ赴いたり、狩りをする。
彼もきっと真朱の聖狼に姿を変えて、炎の中に飛び込んできてくれたのだろう。
寝台を軋ませて隣に座った彼に、赤くなった頬を隠すように俯いた。
半歩横にずれてしまったのは、彼の香りから逃げるためだ。
「そなたの名前は?」
「ソ、ソラです」
ふわりと舞った芳香に、本能が揺り起こされそうだ。
「歳は?」
「十八です」
「発情期は?」
「まだです」
「闇獣国の聖なる銅珠だというのは本当か?」
「はい」
矢継ぎ早に問われて、おっとりした性格のソラは必死に答えた。
しかも、彼の香りに反応しているソラは顔が火照り、そわそわと落ち着かない気持ちでいっぱいだ。真正面から彼の瞳を見ることができない。
「あの……あなた様は?」
やっとのことで問いを口にすると、ほんの少しだけ彼は口角を上げた。ちらりと見えた牙が愛おしい。
「俺の名前は稜光(りょうこう)。焔獣国の王だ」
「え、焔獣国の……王様!?」
立派な装いをしているので身分が高い人物だとは思ったが、まさか焔獣国の王だとは考えていなかった。
彼は外遊先から自国へ帰る途中、闇獣国へ立ち寄り、偶然寺院の火事に遭遇したそうだ。
「先ほどは、命を助けていただきありがとうございました!」
慌てて頭を下げると、大きな手で黒髪を撫でられた。
「構わん。それよりそなたが助けようとしていた宦官を、救うことができなくてすまなかった。もう少し早く俺が寺院の中に入っていれば、助けられたものを」
恒星を思い出して深く項垂れると、稜光は懐からゆっくりと真紅の首輪を取り出した。
「それは?」
「そなたにやろう」
しなやかで厚みのある革に、精緻な銀細工が施された首輪は、白くて細いソラの首によく似合った。
「あの、僕はまだ発情期を迎えていません。ですから首輪は不要かと……」
美しい首輪に手をやりながら稜光を仰ぐと、真剣な眼差しを向けられた。
「あと数時間後には、発情期を迎えるかもしれんぞ?」
「なぜ?」
「俺とそなたは、出会ってしまったからだ」
含みを持たせた彼の言葉に首を捻る。
「ソラももうわかっているのではないか? 我らが『運命の番』だということを。そして『運命の番』に出会うと、銅珠は発情期を迎えるということを」
「運命の……番?」
「そうだ。俺は一瞬でわかった。清楚で可憐な鈴蘭のようなこの香りに、俺はソラが『運命の番』だとすぐに覚った。そなたもそうだろう?」
(そんな……稜光様が僕の『運命の番』なら、儀晃様と番うはずの僕は、どうなっちゃうの?)
稜光の香りに反応する身体の変調に、ソラも気づいていた。
しかし、これが『運命の番』同士にしかわからない変調なのかと思うと、果てしない喜びと、底知れない恐怖が一気に襲ってきた。
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