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第2話

   *  *  * 「すいません……とりあえずここで服脱いで。そのままシャワー浴びてください。俺、その間に着替え用意しときます」 「──いや、でも。きみは?」 「大丈夫です。あなたが出たら俺もすぐシャワー浴びますから」  そう言って俺は少し強引に彼を風呂場に押し込んだ。  あれだけずぶ濡れだったのだから、余程身体も冷えているだろうと思ったからだ。  風呂場の扉の開閉音が聞こえるとすぐ、濡れた彼の衣服を回収して洗濯機の中に突っ込んだ。乾燥だけ…と思ったが、ここまで濡れていては洗って乾かしてもさほど時間はかわらないと思い、洗って乾燥までしてくれるコースを選んでピッとボタンを押した。  彼のことを知っているのは、ただ単によく行く店だからという理由だけではない。  俺はずっと見ていた──彼のことを。  彼は“Adiantum”の店員。名前は知らない。歳は若く見えるがたぶん二十代後半くらい。彼はいつも店のカウンターに立ち、客からの注文を受けてじっくり丁寧にコーヒーを淹れる。  マンションに引っ越して来てすぐ、通りに店があるのに気が付いた。コンビニとカフェは一人暮らしの学生にとって利用頻度が高い。なかでも俺は、今どきのインテリアなんかが配置された洒落たカフェより、昔ながらの落ち着いた雰囲気を持つカフェが好きだった。  外観は古いレンガ造りで、店の壁には年季の入った蔦が這っている。外からは店の中の様子が見えにくい造りになっていて、はじめはなんとなく入りづらい雰囲気だなぁとは思ったが、勇気を出して入ってみて正解だった。  真新しさとは縁遠いが、どこか懐かしさを感じさせる温かな雰囲気の喫茶店。  店内は入ってすぐのところと窓際にカウンター席が何席かあり、あとはゆったりとしたスペースのボックス席がほとんどで、店の中に置かれた観葉植物が席同士の目隠しの役割を果たしている。店内のどこを見渡しても柔らかなアジアンタムの葉が視界に入る。  初めて店に入ったとき、なんとなく勝手が分からず、一番手近な真ん中のカウンター席に座った。  店内をぐるりとひととおり見渡して、いい店を見つけられてよかったと頬を緩ませていたところ、目の前のカウンターに立つ店員と目が合った。  それが、彼だった。  目が合った瞬間、彼が零した柔らかな笑顔に見惚れてしまった。  男に見惚れる。俺は普段からよくそういうことがある。  いわゆる思春期と呼ばれる多感な時期に、友人たちが異性を意識し興味を持つという普通の変化をどこか他人事のように感じていた。  友人たちが言うほど、異性に対して魅力を感じることがなかった。彼女たちの丸みを帯びた身体や、長い髪を人並みに可愛いと思うことはあったが、彼女たちに性的な興奮を煽られるというようなことはなかった。  思い起こせば、初めて恋──といっていいのか分からないが、誰かに好意を持ったのは小学校二年生の時の担任の男性教師だった。その頃は当然、この先生カッコいいなとかその程度の憧れに似た好意だったのだと思う。  次にいいな、と思ったのは五年生のとき仲の良かった近所の男友達。中学になって入った部活の先輩に憧れた──好意というものに関して言えばその対象はすべて異性ではなかった。    俺は、男を好きになる男──だから彼を見ていた。特別な感情を持って。  

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