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第4話
* * *
「彬文? どうした? あんま良くない?」
俺を見降ろしながら桐谷さんが訊ねた。長い睫毛に優しい瞳。俺を抱くときだけその瞳に獰猛な何かが宿る。
「何か考えてんの? 集中してよ」
「雨が降ってるから、思い出してただけ……っ。あっ、ん」
そう。出会った日のこと。初めて桐谷さんに抱かれた夜のこと。
同性が性的対象であることをはっきりと自覚したのは、中学生の頃。自覚はあっても同じ趣向の人間に出会ったことはなかったし、桐谷さんが初めての相手だった。
キスすら初めてだった俺に、手取り足取り相手のある行為で気持ちよくなれる方法を教えてくれたのは桐谷さんだ。
『きみは、僕のことが好きなの? いつもそんな目をして僕を見てる』
桐谷さんの言葉に、俺は何と答えていいか分からなかった。そうだと答えたら彼はどうするのだろう。違うと否定したら彼はどうするのだろう。
どう答えるのが正解なのか、どう答えたら彼に嫌われないか、そんな考えばかりが頭の中を占めていた。
『隠さなくていいんだ。言ったろ? 僕も同じ種の人間だから──正直に答えて』
『……好き、です。あなたが好きで、ずっと見てた』
そう答えたときの、桐谷さんの顔を俺は今でもはっきりと覚えている。
桐谷さんが俺の唇を食 み、俺は拙いながらもそれに応え、その合間に彼が訊ねた。
『彬文くんは──その、男とこういうことするの初めて?』
『──はい』
『嫌なら無理強いしないけど、男同士のセックスに興味はある?』
『……あります』
『そう。僕は──自分が上でできればきみを気持ちよくしたいって思ってるんだけど……それじゃ嫌かな?』
『わ、分かんない……俺、誰ともそういうの……』
『そうだったね。きみが、男とのセックス嫌いにならないようにゆっくりほぐして優しく抱く──だから、僕のこれきみのお尻で食べて』
『──はい』
それから桐谷さんは言葉通り念入りに俺の身体をほぐしてくれた。何もかも初めての経験だったけど、桐谷さんが俺を気遣って優しくしてくれたおかげで「怖い」と思うことはなかった。
『彬文くん、痛くない?』
『痛くはない……ん、けど。変な……感じ』
『そうだね、初めてだもんね。できればきみの気持ちいいとこ、見つけたいな』
正直、そんなところ見つかるのかってその時は思った。何もかも初めてのことで、それを受け入れるだけで精一杯だった。
ただ、桐谷さんが抱き締めてくれる腕や、探る指がとても優しくて、初めての相手が桐谷さんでよかったと心から思ったんだ。
「彬文、挿れるよ?」
ギチ、と肉の擦れる音がして、桐谷さんが俺のナカをその質量いっぱいに埋め尽くす。
「ちょ、待って! もっと、ゆっくり……っ」
「なに言ってんの。こんななってるくせに」
「桐谷さん、このごろ俺に優しくないよ」
あれから何度身体を重ねただろう。
初めてのときと比べたら俺がセックスに慣れてきたこともあって、桐谷さんが少し強引なことをすることがある。それでも、俺が本気で嫌がることはしないし、セックスの間はずっと俺のことを蕩けさせる。
「だって。酷いことしたほうが彬文は悦ぶだろ?」
「なんだよ。俺を変態みたいに……」
「違うの? 男に抱かれて、尻にこんなの突っ込まれて悦んでるのに?」
──それは、あんたのことが好きだからだよ。
言いたくても言えない。
あの日。桐谷さんは、言ったんだ。
『僕は雨の日が苦手なんだ──。雨の日は寂しくて肌の温もりだけが欲しくなる。
だから身体だけでもいいかな? 雨の日だけでいいなら、僕はいつだってきみのものになれるよ?』と。
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