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第5話
あれから一年。彼が俺の部屋を訪れるのは決まって雨の降る夜。
俺はいまだに桐谷さんの家を知らない。
いまでも“Adiantum”にはたまに顔を出すけれど、店ではあくまでも客と店員だ。
短い会話や、俺たちにしか分からない秘密のサインで会話をすることはあるけれど、そこで約束なんてしない。約束なんてできない。だって、俺は雨の日限定の恋人──いや、恋人なんていいものではないのかもしれない。単なるセフレ止まり?
天気はいつだって気まぐれ。どんなに天気の予報精度が高まったからと言って、確実ではない。それに、雨が降ったからといって必ず彼が俺の部屋を訪れるわけでもない。
俺は、都合のいい男。
彼が寂しい夜だけ、肌の温もりを分け合うだけの。
外は今もなお激しい雨が降っていて、その雨粒が音を立ててガラス窓に当たる。今夜は雨だけでなく風も強い。
「彬文、僕とのセックス好き?」
「う、ん……。好きっ」
セックスするのが、ではなく、そうすることで彼の内に秘めた苦しみを受け止めることができるような気がするから。
なぜ雨の日なのか、なぜ寂しいのか。俺は聞かない。彼も話さない。
何も知らない。彼のことは、ほとんど何も。
聞いてしまったらこの不確かで脆い関係が、終わってしまうような気がして。
「桐谷さんは? 俺のこと好き?」
「彬文、反応が素直で可愛いからね」
さりげなくどう思っているのか訊ねても答えはくれない。心もくれない。
なのに、俺はなぜこの人が好きなのだろう。
桐谷さんと関係を続けるようになって、いろんなことを知った。彼とする甘いキスの味や、
どこをどうすると彼が嬉しそうな顔をするか、彼にどんなふうに触れられると、どんなふうに突かれると気持ちいいか。
「それにしても彬文、エロくなったね。こんなに大胆に僕を欲しがって」
「……あっ、ん。桐谷さ、もっと……っ」
静かな部屋に、自分のあげる卑猥な嬌声と、依然激しく降り続く雨音だけが響く。
時折、むなしくなる。こんな関係を続けていて一体何になるのだろうと。
かれこれ一年。遊びにしては随分長い時間が過ぎた。
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