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第7話
* * *
それからどれくらいの間、泣いていたのだろう。
恋を失ったところで、全てがなくなってしまうわけではない。
次の日も、その次の日も──いつものように朝が来て、いつものように夜が来る。
晴れの日があって曇りの日があって、もちろん雨の日も──。そんな当たり前の毎日を繰り返して生きていく。
手放してしまえばラクになれると思っていたのに、大通りの“Adiantum”の前を通るたびに、桐谷さんを思い出す。
あれから店には顔を出していない。当然だ。俺から別れを切りだしたのだから。
なのに──雨が降るたびに、もしかしたらふらりと彼がやってくるんじゃないかと必要もないのにひとり部屋で彼を待ってしまう自分がいる。
そんなことをしたところで何の意味もない。分かっているのに、結局彼を忘れられずにいる。
ポツ、ポツポツ……部屋のガラス窓に大粒の雨が当たる音が静かな部屋に響く。
雨が降るたびに思い出す。雨が降るたびに焦がれてしまう。
「……桐谷さん」
いつだったか、俺が夜中に喉が渇いてベッドを抜け出したとき、桐谷さんが慌てて起き出して来たことがあった。
いつも落ち着いた彼が、真っ青な顔をして、身体を震わせて。
『いなくならないで……』
そう言った彼が、息もつけないほど俺の身体をギュッと強く抱きしめた。
彼は今夜、誰かの温もりを借りてちゃんと眠れているだろうか。
それとも一人眠れぬ夜を過ごしているのだろうか。
胸が痛い。あなたのことを思い出すだけで──。
時間が経てば忘れられる。
人は時にそんなことを言うけれど、いくら時間が経っても忘れられない想いもある。
忘れるどころか、以前にも増して募る想い。
「彬文くん。今日も急ぐの?」
「ああ、うん。今夜も酷い雨になりそうだからね。大降りになるみたいだからヒロちゃんも早く帰ったほうがいいよー」
「うん。ありがとー」
大学の友人たちと食事をしたあと、店の前で別れてそれぞれの家路につく。いまだ失恋の傷が癒えず、しょぼくれている俺を心配した友人たちが頻繁に食事や遊びに誘ってくれる。
傷が完全に癒えたわけじゃないけど、辛くて重くて、どうしていいか分からなくて持て余していた心が、彼らの明るさによって少しずつ軽くなっていく。
あれから半年。もう十二月も半ば。桐谷さんと別れてから、随分時間が経った。
なのに、やっぱり今夜も俺は来るあてのない人を待つため、雨が酷くなるまえに部屋に帰る。
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