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第9話

   部屋に入るなり、どちらからともなく濡れて重くなった服を脱ぎ捨てた。玄関の鍵や、濡れた服で床が濡れてしまうなんてこともどうでもよくて、雨に濡れ冷えた身体を温めるためのシャワーを待つ余裕すらなかった。  急がないと、消えてしまうかと思った。  急いで身体を繋げなければ、すべてがまるで魔法のように──。 「あ……、ちょっ、あ!」 「彬文。も、挿れてい?」 「俺……久しぶりだから、もうちょっと優しく……っ」 「ごめん。無理そう」 「……酷いよ」 「ごめん。酷いやつで。彬文の気持ち知ってて、ずっと利用してて──」 「また、利用するの? 結局、桐谷さんは俺をどう思ってるの? どうして戻って来たの?」  ベッドに押し倒されたまま、俺は訊ねた。  このまま身体だけ繋げても、桐谷さんの心が分からなければ結局まえと変わらない。  もう、あんな苦しい思いをするのは嫌だ。彼の口からいまの正直な気持ちを聞きたい。 「──好きなんだ、彬文が」  桐谷さんが、俺の目を真っ直ぐ見つめたまま言った。 「どうしても忘れられなくて、彬文じゃなきゃダメなんだって気づいて……」  そう言うと、桐谷さんが一瞬目を伏せた。長い睫毛が少し濡れていた。 「ごめん。僕、臆病で。いつのまにか、こんなにも彬文に惹かれてたのに……」  惹かれていた? 桐谷さんが俺に?   彼の言葉がにわかに信じがたくてもう一度訊ねる。 「それ、ホント? だったら……もう一回言ってよ。俺がどんな想いしたと思ってんの? 本当は桐谷さんの傍離れたくなんてないのに、このまま桐谷さんに好きになってもらえないなら、いっそ……って諦めようとしたんだよ?」  涙声で言うと、桐谷さんが俺の頬を両手で優しく包み込んで、愛おしそうに見つめながら言った。 「何度だって言うよ。好きだよ、彬文」  桐谷さんの言葉が、じんわりと俺の胸を温める。 「ごめん──怖かったんだよ。本気で好きになったら、きみまで僕の前から消えちゃうんじゃないかって……」   桐谷さんの目から涙が零れ、零れた涙が俺の頬を濡らした。 「なにそれ。俺は……消えたりしないのに」 「………」  コツン、と額をぶつけてから軽いキスを交わし、やがて静かに身体を起こしてベッドの上に座ると、そのまま「おいで」と俺を腕に閉じ込めた桐谷さんが静かに話しだした。 「ちゃんと、話さなきゃいけないね」  そう言った桐谷さんが大きく深呼吸をして、俺の髪を撫でた。

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