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3-3side獅琉
山瀬の声を聞いた途端、腕の中にある麗の身体が強ばるのを感じた。
腕を掴む小さな手に力が籠る。不安そうにこちらを見上げてくる赤い瞳は、既に涙の膜が張り始めていて、苦笑を隠せなかった。
何回やっても、これだけはダメみてーだな。
昨晩仕事から帰った時に抱き上げた麗の身体は、いつにも増して軽かった。何か話し掛けても、ほとんど返事もない。身体が疲れ切っているのは明らかだった。このまま放っておくと、そのうちに倒れてしまうだろう。
獅琉はその晩に、東雲組の専属医師をしている山瀬に連絡をしていた。
最近あんまり傍にいてやれなかったからな...
注射嫌いな麗に黙って山瀬を呼ぶのは気が引けるが、事前に知らせておくと朝から泣いて泣いて手が付けられなくなるため仕方がない。
「入れ」
ノックされたドアに向かって返事をすれば、「はーい」という軽い返事とともに眼鏡の男が部屋に入ってくる。
それを見た麗の瞳に浮かぶ涙は、今にも零れ落ちてしまいそうだ。
「しー、きょう、ちゅうしゃなの...?や...ぼくやだ...」
ふるふると首を振りながら、必死にそう訴える麗。
「麗くんの中では僕=(イコール)注射なんだね〜困ったなぁ」
山瀬はへらへらと笑いながら携えていたアタッシュケースを広げていく。
「大丈夫だ、すぐ終わる。お前もそんなに弱ってるままだったら辛いだろ?」
山瀬が準備を進める間、獅琉は麗を宥めようと話しかけるが、麗の瞳には既に恐怖しか写っていない。
「やぁ...!やだぁっ...いたいのや...ぼくげんきだもん...っ」
「麗、大丈夫だから」
桃のような頬にポロポロと落ちる涙を掬いながら背中を撫でると、再び麗の腕が首元にしっかりと巻きついてきた。
「ありゃ、今日も大荒れだね〜」
麗の様子を見て、いつの間にか二人が座っているソファーの目の前まで来ていた山瀬がにっこり笑って麗に話しかける。
「そっかぁ、麗くん元気なんだ?でも山瀬さん麗くんが少し心配だからちょっとだけ具合診させてもらってもいいかな?」
「う...っ...ちゅうしゃ...しない?」
「麗くんが元気だったらしないよ。」
その言葉に、麗が視線だけで山瀬を振り返って言った。
「いたいの...やだ...」
「わかったよ、じゃあちょっとだけもしもしするね。」
人を疑うことを知らないうさぎは、何度同じ手段でこうやって騙されれば学習するんだろう、と獅琉は可笑しかったが、麗の細く柔らかい髪を撫でることでそれを誤魔化した。
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