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訪れた緊急事態の説明

   説明をすると、こうだ。  飯塚先輩は俺のことが好きらしい。  5月にある大連休の中、寮内にある食堂前を通ったら腕を掴まれた。  漫画を読みながら歩く癖がある俺はよく一緒にいる友達から『危ないから今は読むな』と注意を受ける。だけどBL漫画にしてもBL小説にしても、いいところでやめるわけにはいかないだろ?  それに注意をされた時に限ってクソいいところだったりするからさ。  今回も同じだった。  その時は友達がいなかったこともあり、一人で漫画を読みながら、受けくんってば可愛いなぁこの絵は好みだ、と純粋に思っていた。  気配もなにもなく突然掴まれた腕にはさすがに驚いたが、振り返り、同時に『おぉ……!』と感動した。  触り心地が良さそうな黒髪。連休なのに私服ではなく制服で着崩したセンスも良く、左耳には三つ開いたピアス。目付きは若干、悪いがそこがいい。  誰がどう見ても薄く細い眉毛も人相悪くてグッとくる。  そして、こんな成りしてこの人は頭がいい。  それが飯塚 友樹先輩であり、生徒会役委員の会計として勤めていることを、俺は知っていた。  その友達にも彼氏というものがいるんだが――ツッコミはいらない――そいつの彼氏は我が校の、生徒会長だから。それ込みで、知っていた。 「どうしたんですか?」  ただし、俺と飯塚先輩がコンタクトを取るのが初めてだ。一度も喋った事がなければ目も合わせたことがない。――はず。だってここの学校はバカみたいに大きいし。  だけど不思議なことに、いないんだ。不良部類が。  驚くほどの人数がいるはずのここの学校に、不良となるものが一人もいないんだ。  そんな貴重な不良様が、今俺の目の前にいる。 「ちょっと、ついて来い」  そして、なにもやっていないつもりなのに――この空気はなんだ……殴られるのだろうか。だとしたら、それはちょっとやめてほしい。  自分で言うのもあれだが顔は良い方だし、怪我で崩されたら困る。  あ、でもあれな。  その友達と我が校の生徒会長様と、あともう一人――王子様と呼ばれちゃってる野郎三人には勝てないけどな。でもその下ぐらいのレベルなら俺もイケるんじゃないかなぁ、と。  だから顔のどこかに痕が残るようなことをされたら、困る。  自分を守るような術は持ってるけど。 「あー、飯塚センパーイ。どこまで行くんですかー?」  右腕は掴まれたまま、引かれるように歩いている。ちなみに漫画は左手で持ててるから、読みながらだ。 「……」  なにも言ってくれない飯塚先輩に、ん?となりながら顔を上げた。  ゴールデンウィークを使って実家に帰る奴等もいる。そのせいかいつもよりだいぶ静かな寮内。歩く音も響くぐらいに。 「……お前、俺の名前知ってたんだな」 「お、っと……はい?」  歩いてたのを急にやめて、漫画にしか目がいってなかった俺は飯塚先輩の背中に当たってしまった。気にしないけど。 「あぁ、名前ね。だってほら、飯塚先輩は唯一の不良様だし、あと生徒会にも入っちゃってる方ですから。それがなにか?」 「いや……」  こっちに体を向けた飯塚先輩。  さすがに対面式で漫画を読みながら話すのは、先輩相手にどうなんだろう、と常識を思い出して本を閉じる。  やっと周りに目を向けた俺は寮の裏庭に連れてこられたことがわかった。 「……」  なかなか喋らないし殴る雰囲気でもないこの空気。この際だから、ちゃんと間近で飯塚先輩でも見とくか?  唯一の不良は俺的に受けがベスト。  不良といっても、ヤンキー、チンピラ、一匹狼でも可。  そんな相手に相応しいのってだいたいが生徒会長をはじめに風紀委員、優等生、クラス委員長である攻めが良いと思うんだ。  まぁ教師でもいいが、ここは敢えておとなしめな奴が攻めでもいいかもしれない。  イヤイヤながらもどんどん感じちゃって淫乱になっていく不良とか、可愛いの他になにがあるか……。でも飯塚先輩の場合は数少ないものだから。  ここの生徒達を巻き込んで妄想してもいいぐらい貴重な人だ。その素材で俺はしばらく過ごせると思う。  手始めに可愛い系小悪魔男子を攻めにしてみようか? 「……木下 歩」  妄想プランを立ててる時にまさかのフルネームで呼ばれた。 「あ、はい」 ――ただしここで一つ言わせてもらえるなら、 「俺、お前が好きだ」  不良受けは年下がベストだ、ということ。 「……えー、俺そもそも恋愛対象は女っスよ」 「……」  急な告白の対応。  持っていた漫画を落としそうに――なんてことはない。  なんとなく顔が良くて、男子校で、全寮制だからか半分以上の野郎が自然と恋しちゃう環境だ。もちろん同性愛が集っているのも理由のひとつ……だから俺からしたらたまにある光景。  最初は確かに驚いた。  中二の時、顔を真っ赤に染まらせて一生懸命好きだと伝えようとするその空気。  すでに頭が腐っていた俺からすると自分がこの世界に交わる、そういうのが想像出来なくて、こっ酷く振ったもんだ。……あぁ、その後そいつは転校したわけだが――転校はもともと決まってて、玉砕覚悟で俺に告白したんだな――と考えるようにしている。  決して俺のせいで転校したわけではない、と。  そう思いたい。が、高校生にもなればそんなのは慣れというか、成長したというか。 「つーか、不良は受けがいいのと年下希望」  ピッ、と人差し指をグルグル回しながら口にする言葉。  あ、この機会に俺の欲を埋めてくれる“腐り量産型”で、どうだろうか。  年下の不良受けは諦めよう。不良は合格にしても三年の時点で年下は少し無理があるからな。  俺は一貫校でも大学生の知り合いがあまりいないんだ。 「……受け、か」  そんな妄想を一人うはうはとしていたら、意外にも俺の言葉に反応した飯塚先輩。 「はい。飯塚先輩なら突っ込まれる方が俺的にグッドなわけです」 「……そっちはヤったことない」  俯く顔はきっと無表情。威嚇のない不良様。……もしくは焦ってたりしてな。  焦っててほしいなぁ。  どんな子でもその姿は可愛いものになるから。 「でも俺は突っ込まれてほしいです」 ――他の奴等に―― 「……そうか」  ぴく、と弾ませた一瞬を俺は見逃さなかった。  もしかしたら、と。俺の考えが伝わって、もしかしたら――って。 「なら、それでもいい」 「ごっほ!ゲホゲホッ……!」  ここでやっと、持っていた漫画を、落としてしまった。  

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