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緊急事態その3-極秘騒動-
気絶して倒れた磯部を横目にまだフラつくように見える友樹を机の上に座らせる。
とりあえず鞄を持って来よう。それでいて立てるようになったら倒れている磯部を一緒に寮まで運んで、部屋に戻るなり俺の部屋にまた来るなり、友樹の好きな方を選んでもらおう。
俺は、少し待っててください、と一言添えると倒れている磯部と二人きりになるのが嫌なのか、それともただたんに不安なのかわからないが眉間にシワを寄せながらも頷いてくれた。
倒したのはあんたなのに、そこは怖がるのな……。
手にしていたビデオカメラだけを持って、いざ三学年の教室へ――と。
「……木下じゃないか」
第二準備室からそっと出て、周りに人がいないか確認したあとホッと一息ついた時だ。
「五十嵐っ、いつの間に……」
不機嫌面の生徒会長様が俺の背後にいた。ついさっき、ほんの数秒前までは誰もいなかったのに!
やっぱこいつってば幻の存在だ……。
そんな機嫌がよろしくない五十嵐には子分のように出るのが一番だな。
「あ?なんの真似だ?」
「えぇ?いや、若頭もまだまだだなって思って」
「……バカにしてるのか」
子分真似で出たはずなのにこの言われようとは……。
足を開き腰を落として、膝に手をついたあとのポーズ。
「五十嵐組の下っ端だか“若いもの達”がこうして若頭より低くなり、挨拶するって言ってたからさ。五十嵐は次期組長候補だろ?」
「……」
五十嵐 順平とはこの学校で知らない者はいないだろうお方。もちろん生徒会長で名が通ってるのもあるが――五十嵐の家はヤクザ一家だ。
今はこいつの父親が組長なわけで、その五十嵐組はただいま六代目という長い長い歴史が詰まってる。
まだまだ先の話でも組長の息子である五十嵐 順平は誰がどう見ても敷かれた道を歩くことしか出来ない未来だ。が、五十嵐がヤクザ一家の一人だと知ってる者は少ない。
見た目によらず溺愛しているあの松村ですら五十嵐の正体を知らないからな。
知ってるのは……あー、俺と王司ぐらい?
あとテッちゃんも知ってたな。
「あ、でかい声でこんな事言っちゃいけなかったな、若」
「……」
じゃあなぜ俺が知っているのか、という話が舞い込んでくるだろう。
それはあまりにも難しくて簡単な答えさ。
「中沢に松村を取られて寂しくなったんだろー?」
俺の親父とこいつの父親である五十嵐組の組長は、昔からの長い付き合いを持っているから。――あ、ゲイとか関係なくな。
「うるせぇよ。第一、俺が候補ではない。……兄がなるだろうよ」
「あぁ……」
立ち方を変えて普通に戻る俺。
ああいう裏の世界っつーの?
同じ道を歩いてても裏の世界で動いてる人の方が命を狙われる率が多いらしい。
親父は若い頃、その組長を守る護衛みたいなことをしていたとかなんとか。まあ、こんなのに興味ないから詳しいことは知らねぇけどさ!
でも五十嵐は五十嵐だから。こいつの家の権力って真面目にすげぇらしいから。
中沢が守られてるのは、五十嵐のおかげ!
どんな手をまわしたのか知らねぇけど、言えるものは一つ。
松村が関係している事だろうよ。
「まっ、お勤めご苦労様です、っと!俺ちょっと用事あるから!」
友樹の鞄を取りに行くっていう用事。あと第二準備室には入らないように祈っとくしかないな。
生徒会会計を務めていても今あの現場を見られたらめんどくさいことが起きる。磯部の意識が取り戻していたら、別の話だけどな!
「待て、木下」
「……っ」
走った直前に首根っこを掴まれて一瞬、絞まった。
こいつがここまで俺に構うだなんて珍しいにもほどがある。松村と同じクラスだからっていうのもあるが、いつも一緒に行動しているせいで五十嵐は俺を敵視しているから。
こう、俺には攻撃的というか……平たく言えば嫉妬だ、嫉妬。
本当は松村を束縛したいんだろうけど上手く出来ないその気持ち、わからなくもないようで――実際、本当にわからねぇよ。
ガッと言ってバッと縛ればいいのに松村の考えを優先する体質なのか、なかなかそういうことをしようとしないのが五十嵐なんだ。
ちょっと物足りないが松村の知らないところで五十嵐は狂愛表現を出しちゃってるからさぁ。我慢しとくというか……。
真面目に、アレは参ったよ。
サッカー部に所属している松村に他校と練習試合でファールをくらわせた相手をボコしちゃうんだもん。恐ろしい恐ろしいマジ興奮!
でも俺にそういうことをしないのは同じ学校の生徒だし、中沢になにもしないのはそれ以前の問題なんだよなぁ。
松村関係で中沢を“守る”義務を付けられてるから安心して松村と行動出来るってことなんだけど。
「はぁ、もうなんだよー。太陽さんがいなくなって暗いじゃないか。俺ははやく帰りたい!」
溜め息を吐きながら掴まれてる手を払い、迷惑そうに伝える。
俺がこんな態度を取ったからといって、それ以上に怖いものを見てきた五十嵐からしたら小動物の威嚇程度にしか見えないんだろうけど。
「最近はそのカメラがお気に入りみたいだな?」
「んぁ?あー、両親のラブラブムービー集だからな」
『見返してる』
そう付け足して持っていたビデオカメラを見せびらかす。
内心、焦りながら。
「五十嵐も知ってんだろ?あの親達の相手に対する溺愛度がヤバいってやつ」
「……」
「ははっ、見たい?」
とは言うが、今ここに入ってるデータはさっき撮ったばかりの磯部と友樹のセックスシーンしかない。
仮に五十嵐が見たいと言ったら、俺は速攻で終わるような気がするんだ。いや、つーか、終わる。
「……はぁ」
長い間と、重い溜め息。稀な疲労五十嵐を見れてる気がする。
「会長様はお疲れのようで」
「茶化すな」
疲れてるなら俺と話さなきゃいいのに。
人の思考を見破る事に長けてる五十嵐。だからきっと、俺のこんな性格も、さっきのカメラについても、バレている可能性があるわけで。
あんま五十嵐に嘘吐きたくねぇんだよな。
あとが怖いというか……友樹とはまた違う怖さというか?
「で、用件はなんだよ。割とガチで帰りたいんだけど」
磯部はもう意識を取り戻して起きてるのか。友樹はもう普通に立てるのか。
この二つが完璧じゃない限り第二準備室には誰も入れちゃいけないだろ。こんなところでなにしてたんだ、なんて言われたらどう答えるか。
物置状態であるこの場で。
「――飯塚先輩を知ってるだろ。生徒会の会計をしている、飯塚 友樹さんだ」
うわ、もう確信的ななにかを意識してるだろ……。
でも五十嵐に嘘はあまり吐きたくねぇから、
「まあ、生徒会さんのことは全員知ってるよ」
無難にいこう。
そんな俺の答えに表情も変えず、続けた言葉は――飯塚先輩を探している、見なかったか?――という単純な質問だった。
あぁ、友樹ならこの部屋の奥にいますけど。……なんて言いたいのと、言いたくない半々な気持ちを押し殺しながら首を傾げて知らないフリをする俺。
「あんな貴重な不良さんが見つからないなんてな。寮に戻ったんじゃないか?」
「これから寮に行こうと思っていたんだ」
「ふーん」
制服のポケットに手を入れては覗き込むように第二準備室の入り口へ近付く五十嵐。
俺がここで大きなリアクションをとったらさすがにバレるから、動かず小型画面を開いたり閉じたりと壊れない程度で手遊びしながら落ち着かせる。
「なんでそんな飯塚先輩を探してんだよ」
同時にふと思った疑問。急なことなら校内にしても寮内にしても呼び出し放送すりゃいいじゃないか。
それともなんだ。呼べない理由でもあるのか?
呼べない理由って例えばどんな内容だ、って思うんだけどさ。
「……これは極秘なんだよ」
次は困ったような表情を浮かべながらポケットに入っていた手を出して腕を組み始めた五十嵐。
「極秘?」
問い詰めた気はなかったが五十嵐からしたらそう聞こえたみたいで、また重い溜め息を吐きながらの説明を始めた。
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