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余想談
――その日の夜。
コンコン、と初めて訪れたドアをノックする。
寮長曰く、ここも一人部屋らしいから。そりゃそうだよな……外見はあんなのでも頭が良いんだ。五十嵐や王司みたいに二人部屋、三人部屋を選ぶ意味が俺にはわからない。
「……」
なかなか出てこないこの部屋の主。もう一度、今度は大きく叩いて呼んでみる。
ここに来る前に連絡はしたはずだ。
持っていたビデオカメラを片手にポケットに入っているスマホを確認して送信メールを確認する。でも当たり前に送信済みボックスに入ってた俺の文。
というか受信メールに『わかった』と返事があるじゃないか。じゃあなぜ出てこない?
今日から夏休みだぜ?
ちょっくらテンション高めでも誰も引いたりしないんだから、はやく出てきてほしいものだ――トモくーん。
「……開いてる」
ちょっとミステリー的なもので興奮した。
ドアノブに手をかけてひねったら、開いてしまった。鍵をかけ忘れてどこか出掛けたか?
それなら勝手に中に入って待とうか。……それともプライバシーの侵害になるからやっぱりここで待つか?
「あれ?お前二学年の木下?」
「え……っ」
いきなり話しかけられたせいで持っていたカメラを隠しながら振り返った。でも知らない人で、恐らく三年の誰かだ。
「こんなところでどうした。ん?飯塚に用か?」
知らない先輩のおかげで俺は決めたよ。
さっさと友樹の部屋の中に入っておとなしく待たせてもらおう。
「あ、はは、えぇまぁ、飯塚先輩の部屋で忘れ物があったので……」
苦しい言い訳に俺自身を殴りたくなった。
「そうだったのか。時間も時間だ、20時超えてるんだからはやく自分の部屋に戻れよ?」
でも知らない先輩は納得したみたいで笑顔を浮かべながら歩いていなくなったから一安心。
ホッと一息吐いてからの、しょうがなく部屋の中に入る。
すみませんね、トモくん。けどほら、トモくんの実家に帰る日とか決めないと、こっちの用事も狂うっつーかさ?
おじゃましまーす、と小声で言いながら靴を脱いで真っ暗な部屋を見回す。少しの光も当たっていないから見回してもあまり意味がないんだけど。
寮部屋の作り方は二パターンあるから迷わず手を伸ばして電気をつける。パッとついた明かりに俺の部屋と同じ造りだとわかった。
やっぱいないなぁ。どこに行ったんだ?
んー……。
「――あ」
勝手に部屋に入ったんだ。
俺だってそんな非常識な事は出来るだけしたくないからおとなしくソファーに座っていようとしていた。
だけど、そこで気付いた寝室のドア。微かに開いてて、人の気配を感じる。
考え過ぎかもしれないが、開いてる隙間からカメラのレンズを向けて一緒に覗き込む。
「……おっとー?」
「……」
寝室も暗い部屋の中。ベッドの上でうつ伏せのまま動かない友樹がいた。
寝てると思ったが、それもどうやら違うみたいで俺はなんとなく録画開始をして近付く。
電気もつけずにリビングからわずかに差し漏れた光だけを頼りにしてるせいか暗さと明るさで少し目が痛い。
「友樹?」
こと、と持っていたカメラをベッドのサイドテーブルに置いて床に膝をつけては友樹に話しかける。んまぁ反応なんて期待はしていなかったけど。
「……」
やっぱり無反応だ。
背中に手を伸ばして撫でてみたり、頭を触ってみたりといろいろしてはみるものの、ビクともしない。尻穴でも触れば拳が降ってくる程度で反応ありそうだけどな。
でも、なんか今日の友樹は違うから。あんまからかっちゃいけないような気がする。
「とーもー」
「……」
「俺、部屋に行きますよって連絡しましたよね?」
責めてはない。口調も柔らかく優しくしたつもりだ。無防備な手のひらをくすぐりながら何度か友樹の名前を呼んだりした。
けど、ダメだ。
原因はあれか?
「夏休み――」
「……」
反応なし。
「じゃなくて、俺の後輩の話ですが――」
「……っ」
お。
不良でわかりやすいって、すげぇ助かるよなー。些細な事でなにもかもがわかりやすくなる。ちょっとのことで傷付く姿とか良くないか?
そう思うのは俺だけ?
窪田とあの時廊下にいて、友樹が近くにいたことについて気付いていたのを、気付かぬフリして窪田を優先したのがいけなかったらしい。
でもそうしないと窪田がうるさいから知らないフリをしてあげただけなんだけどなー。絶対に友樹も嫌がるぜ?
「友樹、そんな後輩ごときに“嫉妬”したってしょうがないですよ」
「嫉妬じゃ――、」
俺からカメラへ向ける視線。
「……あぁ、撮ってないですよ、そこにあるだけです」
知っていた原因をストレートに口に出せばすぐ友樹は起き上がって顔を見せてくれた。暗さに慣れてきた目はなんとなくだが友樹の目元が腫れているように見える。
また、カメラが置いてあるサイドテーブルを見て、今度は窪田を相手にしないといけないとか思ってるんだろうよ。
懲りない俺を、友樹はよく知ってるから。というか身に沁みてるのかもしれないな。
「……」
「泣いたー?」
「……」
「こっちも変わらず喋る時と喋らない時の差が激しいですね」
歪みない相変わらずな王司 雅也なら俺も負けない人物をあげてやろう。
飯塚 友樹を。
「なんつーか、俺の気持ちを察して突進して来ないその性格、不良とは思えないっすよ」
かと思えば急に距離を縮ませたりするからわからない。
「トモくん」
「……ん」
ずっと黙ってる友樹に覆い被さり、耳元で囁く。吐息混じりのせいでかかった息に漏れた友樹の声。
前髪をかき分けながら撫でる手はそのままにしてくれるみたいで、友樹自身これは嫌じゃないらしい。
「ハメ撮り相手は後輩じゃないよ」
忘れてるわけじゃないぞ。
「三人目は、トモくんの弟達ですからね?」
「っ……あいつ等は、」
俺の親友に手を出したことには変わりない、ってことを。
「自分の行動を見直しましょー!」
なにか言いたげそうな顔だけど遮る事だけは得意だから遮るぞー。精神的ななにかでお仕置きをしたいんだから。――な?
「……もういやだ」
「珍しい、トモくんが弱音とは」
「……」
だからといって、ハメ撮りをさせてくれなきゃ別れると言った覚えはないから、俺からなにか言うってのもおかしな事だ。つーかむしろよく友樹は付いてきた方だと思うよ。
テッちゃんに磯部。二人の相手をしてくれたんだからさぁ。
実の弟に犯されるってなったら怖くなってきた感じか?
「……あの後輩、歩の好みだろ」
「えー?」
顔をふいっと逸らされながら言われた。
窪田が俺の好み……それは無さ過ぎるなぁ。
確かに可愛い後輩ではあるが好みかどうかって、そういった目線で見るとまた違う。てか、そういう目で見れないのが今の俺だからな?
友樹は勘違いしてるっぽいけど。
「不良みたいな格好だったし、中等部生だから年下だし、顔も……可愛い系に見えた」
あんなにも纏まりのない言葉を吐いていたにもかかわらず、俺に告白して俺が言った言葉を覚えていたとは……確かに誰かと窪田なんて組み合わせはいいかもしれないな。
あいつと一緒にいすぎてわからなかった。
「……俺とは違う、チビだ」
ぼふ、と。枕に顔を埋めた友樹。
ぐるぐる悩んでる姿がこのカメラにおさまってることも知らずに、可愛いな。
素直にそう思える。
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