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事情の余談
「……」
清々しい朝でも夏真っ盛りな今の時期は鬱陶しいにもほどがあるものだ。――時刻は13時過ぎだけど。
なんだよ、朝から27度って。ジッとしてても汗が出るのに昼過ぎたらもう35度って。
「はあぁぁぁ……」
一つの長い溜め息を吐き、ベッドから立ち上がって顔を洗いに部屋を移動。暑くても今日は友樹の家に行くからなぁ。
気分次第でなんの躊躇いもなくドタキャンをする俺でもこれはさすがに行かないとまずいと思っている。行けばよかったという後悔はしたくないし、組み合いはやっぱりウマいしな!
あ、なんか元気出てきた。ついでにテンションも上がってきた。その前に弟くんの交渉もしなきゃいけないのはわかってるけどさー。
兄がホモなら弟もホモ、なんてあるわけじゃない。何歳か聞くの忘れたけど彼女とかいたらどうしようか……俺の妄想も砕けることになる。
「んー……」
財布とスマホと中沢から貰ったクッキー。それと大事なビデオカメラと必需品……あとは泊まるわけじゃないからこんなもんでいいか。
乗り継ぎ電車で一時間半らしいよ。どうしてそんな距離で全寮制を選んだのかは知らないが、楽といっちゃえば楽だよな。俺もそのぐらいの距離だったら漫画や小説の入れ替え出来るんだけど。
準備のあれこれをするほどでもない時間は三十分も経っていない。それでも友樹の部屋に行けば普通に招いてくれるだろうし、行こうかなー。
最後に鍵を手にしてドアノブをひねる。みんな帰省してるせいで久しく廊下で誰かに会う、なんてことがなくなってきた。中沢は喋る奴がいないからそうも感じてないとか言ってたけどさ?
実際、喋る奴がいないんじゃなくて、周りがあまり喋れないだけだからな?
もう五十嵐すげぇよ。どこまでやっちゃったの、って感じだ。
ちなみに“やっちゃった”は“殺っちゃった”の表しでも正しいと俺は思ってるから。
――そんな考えを、
「……」
「木下、珍しいな。どっか行くのか?」
していたんだけど、
「……」
松村に会ってしまった。
厄介だ……なにもなければ喋り相手で誘っていたが、今日は違うだろ?
開き直りで行くか隠して突っ走るか。
「あれ……カメラ、」
ジト目に変わった松村に俺は悟ったね。これもう逃げられねぇわ、って。
「あははーっ!いや、なんつーか、ほらー!」
「……」
大袈裟に笑いながら玄関のドアを閉めて鍵をかける。
「なーんかさ、暑いな」
「そうだな……木下、お前まさか、」
ここは、ほら。
開き直って突っ走るしかないだろ。
「これだけは譲れないから!ハメってくる!」
そう叫んで俺は松村の顔も見ずに逃げるのみ。なんか後ろから聞こえたけどそれも無視だ無視。荷物少なくてよかったけど、茶番もここまでだってことで!
「俺、ドキドキしてきましたっ」
そんな松村を無理矢理退けては友樹に会ってしばらくダッシュ。捕まるなんてことはないと思うが気持ちの問題だ。友樹もなにがなんだかわからない状態で息を弾ませているから悪い気持ちが出てくるよ。
「なんで歩がドキドキすんだよ……」
「いや、なんとなく」
電車に揺られながらの会話。
時間が時間だからか乗客も少なくて冷房もいい感じに効いていて最高の空間が出来上がっている。というか、今はハメ撮りとかよりも気になるのは友樹の弟だ。どんな子なんだろうな?
やっぱ顔も整ってるのか、とか。性格も似てるのか、とか……すぐに手が出る子だったらどうしよう。
どこで止めればいいかわからないのが俺の心配事だ。
護身術なんて将来の役に立たせようとか考えてなかったから、加減というものが……。
「ま、ドキドキは置いといて!」
「……」
「俺ホント友樹が不良くんでよかったと思っています」
「……なんだ、いきなり」
不信な目で見られながらも隠して繋いでいる手は絶対に離そうとしない友樹。
友樹みたいな不良系はあの学校にはいない。俺が知る限り、高等部には友樹だけだろうよ。窪田の名を上げるやつはいると思うが、窪田をよく知る俺からしたらただのヤンチャにしか見えないので却下。
あとは大学……には、いるかもしれないなー。だが、そこまでの情報を俺が持ってるわけないから。
五十嵐に聞いてみたところで正しい情報をくれるかどうかもわからないし。……俺ってばやっぱり信用性なさ過ぎだなぁ。
「なあ、歩」
一瞬、繋いでいた手の力が弱まった。
意識的に俺がさらに強く握ってしまったが、問題はそこではない。
「たぶん、親は家にいない」
「ほー」
こんな展開が舞い降りてくるとは。今日は弟くん達とトモくんのセックスパーティーかなにかか?
楽しみ楽しみ。
「それと弟だけど、」
――中学生と、5歳になる幼稚園児だ。
理由として、手に力が入ったのがわかった。俺と友樹。どっちの手も、だ。
思春期意識真っ最中の中学生と、まだなにもわかっていない幼稚園児?
いや、ぶっちゃけ中学生までは予想していた。年子か、5歳差未満か。そのぐらいは予想していたが二人目が、幼稚園児って。
「そもそも俺とあいつ等は血が繋がってない」
「……」
――友樹が小学生の時に再婚した母親に、あっちの連れ子だったのが今の中学生くんらしい。
もともと喋る方ではなかった友樹は急に出来た弟にどう接したらいいかわからなかったみたいで小さいながらも気まずかったとか。
それに加えて母親と出来た義理の父親の空気もなんとなく近寄れないものがあったみたいで、中学生になった時には“グレてみよう”と考えついたとか。
喧嘩はやっていくうちに強くなっていたし、ぷらぷらと仲の良い人達と遊んだ方が家にいるより随分と楽を感じたとか。髪も染めてみようとしたが周りから、それはやめて黒髪でいけよ、と言われて染めずにこのままでいたとか。夜遅くまで遊んでて、家に帰れば寝ている家族にホッとしていたとか。
そんな事をやってるうちに母親と義理の父親の間に子供が出来たとか。
それがキッカケで高校は全寮制を選んだとか。
「頭が回る方でよかったと思ってる。じゃなかったら受からなかったな……」
俺を見ないでどこか一点を見つめながら、おもーい感じで語る家の事情。でも俺、そういうのは興味あってないに等しいから。
過去あり受けって素晴らしいよな?
けど同情するほどの言葉を俺は持ってないから!
「よくあるパターンですね」
こう言うしかない。
「でもよかった!――中学生の弟とは血が繋がってなくて」
「……は?」
ここで、友樹が住む最寄駅に到着。
繋いでいた手は惜しくも離して電車内から出る。
幼稚園児とは種違いで、半分血の繋がりがある弟になるな?
中学生の弟は聞いた通り、連れ子なんだから血なんて一滴も入ってない、本当の義理弟になる。
俺だって、弟攻めを見たいがために提案したこの日だが――挿入させよう、だなんて思っていなかったさ。いや本当に。そこまで鬼じゃないっつの。
けどプラン変更だ。
弟次第だが、挿れてみよー。
「トモくんさぁ、」
改札口まで出て、持っていたカメラを回す。
突然の録画に少し驚いてるみたいだが、なにも言わない友樹に俺は続けることにした。
「飯塚家の事情を話してくれて、俺の考えももっと深いものとして変わったんですが、弟くんとの――アナルセックスーーこれについて、なかなか否定しようとしませんね?」
「……」
公共の場。アナルセックスの言葉だけは小声で口にする俺。
第一に、あの学校じゃない。他の人に同性とセックスをする?なんて質問したら首を振るに決まっている。誰しもがみんなホモなわけではない。
あの学校の奴等は感化された人や本物が集っているからしょうがない気で流されるものの、今回に限っては違うだろ。
磯部がいい例だ。
なのに友樹は弟くんについて。中学生の弟くんに対して“あいつとは無理だ”の一言がなかった。
なんつーか、受け入れる気満々というか……いや、実際は嫌なんだろうけど?
「弟も嫌がるだろう……なーんて一言、あってもよかったんじゃないんですか?」
ニヤニヤがおさまらない。
カメラ目線でもない友樹の目が画面越しで見れて、まるで見つめ合ってるみたいで面白い。
「……」
動揺の目。
「ねぇトモくん、もしかしてですが――」
血は繋がっていなくても、似ちゃったところがあるんだろう。
「弟くん、男もイケたりするんですか?もしくは男、しか?」
「……」
映された友樹の表情は、引くに引けないような、可哀想なものに見えた。
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