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事情の余談

   そんなざわつきのある駅前で、ただ立ち尽くす友樹とおさえられない笑みを浮かべながらカメラを持つ俺の前を通り過ぎる人々。  夏休みでも混んでないから邪魔にはなっていないだろう。  ただ、暑いだけだ。 「兄ちゃんっ!」 「ん?」  けどそんな暑さも、甲高い今の声でちょっとは吹き飛ぶであろう感覚に陥るものが聞こえた。俺の後ろからだんだん見えてくる、小さな子。  すぐにわかった。 「兄ちゃんおかえり!」 「……」  ドーンッ、と友樹の足に抱き着く子供。幼稚園児の弟くんだろう。わざわざ駅前まで迎えに来てくれたのか?  一人で……なわけないか。  おお、じゃあここに中学生の弟くんがいるってことだな! 「兄ちゃん、げんきー?」  ぎゅっぎゅっと足に強く抱き着く弟くんを友樹は抱っこして支える。 「元気だよ」 「ほんとー?」 「おう。お前ちょっとでかくなったか?」  そんな二人をカメラでおさめながらも目は中学生の弟くんを探している俺。  まぁ、さ……この興奮からはやく中学生の弟くんを見付けては交渉を済ませてハメ撮りしたいわけだ。  が、幼稚園児の弟くんと友樹の会話とかめちゃくちゃ可愛くないか!?  兄ちゃんが大好きなのか、なにも知らないあの弟くんは友樹の頬にスリスリと顔をすり寄せながら喋ってるんだぞ。友樹の目付きの悪さもなくなったように見えてデロデロなんだよ。  俺にはそう見えるね。  帰ったらこの部分の再生を何度もしよう……。 「へぇ、この子が友樹の弟くんなんですね」 「あ、あぁ……弘人って――「はい!あべ ひろとです!」  パッと手をあげてカメラ目線で自己紹介を始めた弟くん改め弘人くん。  おいおい、元気でいい子じゃないか。そのキラキラしたお目目が綺麗で可愛いな。こっちまで汚い部分が浄化されそうだよ。  それにしても、あべ……阿部(あべ) 弘人(ひろと)、か。  再婚したのに友樹は飯塚のままなのか。ほんと、これについてはもう触れない方が楽だな。 「はじめまして、兄ちゃんの友達の木下です」 「きのした!?木下兄ちゃん!」  くぁああああ! くっそ可愛いな!  んー、これはこれで別フォルダに保存だな……。俺のなにかが削ぎ落とされそうだが可愛いものには勝てない。  ショタ……ショタね。 「ぼく兄ちゃんの友達はじめてー」 「そうだな。……それより、ゆうきは?」 「あっち」  カメラで友樹と弘人君を撮りながら腹の底からうずうずする可愛い会話を聞いてると、小型画面に映った弘人君が指差しをした。  たぶん、ゆうき君が中学生の弟くんなんだろうな。  ふいっと画面から友樹と弘人君を外して指を差す方にカメラを向ける。すると黒のTシャツにジーンズといったラフな格好をした男がこっちに近付いて来るのがわかった。  右ダイヤルを回して一足先にその、ゆうき君とやらの顔を見る。  まぁ一足先にといっても俺だけゆうき君の顔を知らないんだけど。 「“ゆうき”って字は友樹の友で“ゆう”って読む感じですか?」  これまた随分と顔の整ったものが画面に映ったな。 「まさか。裕福に裕に希望の希で裕希だ」  あぁ、裕希君。――男が好きかもしれない、裕希君。 「ヒロ、勝手に走るな。危ないだろ」 「ごめんなさーい」 「はぁ……――」 「あ、俺、友樹の友人の木下です」  咄嗟な視線にカメラをおろさずそのまま名乗ってしまったが、大丈夫だろ。  視界に入る友樹の心配そうな顔も捨てがたいが今は裕希君だ。とっとと交渉して、もしくはホモに葛藤する悩みを口説いて、ヤりたいもんだね。 「友樹、俺ちょっと喉渇きましたー」  カメラを閉ざさず、録画は終わらせず、裕希君を撮り続けたまま友樹に伝える嘘の渇き。 「……」 「この辺は俺、知らないし……弘人君、」  バレたか。  友樹からの視線で“疑い”を気にしながらも弘人君が穿いてるズボンのポケットをポンポンッと叩く。  ははっ、マジックで気を寄せようと考えてないぞ。 「なぁに?木下兄ちゃん」  くそかわ。 「なにか入ってるかもしれないぞ?」  俺の一言に弘人君は『えー?』と言いながら叩いた方のポケットに手を入れた。 「俺と裕希君はここで待ってますよ」 「え、俺と……?」 「……」 「……わっ、飴だ!」 「なので、お願いしてもいいですか?」  唐突に成功した飴入りマジックに、やっと小型画面から目を離して黙る友樹と再び視線を交わす。  暑い太陽の下にいるのは限界があるな。友樹には本当に悪い事を頼んじゃってるけど、許してほしいね。 「……裕希、先にこいつ連れて家に行ってろ」 「あの、友樹さん……」  いえーい。友樹のは成功。  くるり、と体を回して反対方向に歩きはじめる友樹と弘人君は俺があげた飴を食べていいか何度も聞く姿がカメラにおさまって、角を曲がり、もう姿が見えなくなった。  外だからシーンッとした静まりはなくてもきっと裕希君の世界では静まり返って気まずいものを感じているはずだ。だって初対面の人間と二人きりだぜ?  俺だったら気まずい。  今は全然だけど。 「裕希君、だっけ」  曖昧な感じで聞きながら持っているカメラを裕希君に向ける。  まぁ直接的な感じではなく、カメラをいじりながら、たまにレンズの汚れを拭く程度で。録画なんてしてる雰囲気は隠しておく。 「え、あ……はい、阿部(あべ) 裕希(ゆうき)です」 「ん、俺は友樹の後輩で木下 歩、高二。裕希君は?」  そんな俺の問いに人見知りなのか、それともただの戸惑いからくるもので後に裕希君という裕希君を見せてくれるのかわからないが、彼はおどおどしながら『中学、二年生です』と答える。  初っ端からカメラを持っているのが気になるんだろうな。裕希君の目はカメラばかり見てて俺を見ようとしていない。さっきから小型画面越しで俺と裕希君の目は合いっぱなしだし。 「中二かー。俺なにしてたかなー」 「……」  全力でおかしな人を見る目が突き刺さりながらも耐えるよ、俺。 「えーっと、じゃあ家に……こちらです」 「そうだな、よろしく」  だってほぼ確信だぜ? 『あいつは、男と、去年――』  友樹がくらーい顔をしながら、なんとも言えない顔をしながら、言ってくれたこと。  

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