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事情の余談

  「ここ、良い街だな」 「東京駅近辺ほどではないですが、よくバラエティー番組などの始まり時とかで撮影されることがあるみたいです」  駅から遠のけばまたガラリと変わる風景。騒がしく忙しない駅前に比べてそこらの角を曲がればあっという間にレトロな街に変わるような勢い。  持っていたカメラでゆっくりと撮っていれば、見える喫茶店も個人経営なのかお洒落としてなかなかいい雰囲気が映る。 「あと5分ほどですね、暑い中お疲れ様です」  裕希君も、なかなかいい性格してるなぁ。中二にしては気配り出来てる方だと思う。  でもなー……そんな中でも我慢してるのかね?  裕希君は。 「夏ってさ、暑いけど俺好きなんだよね」 「そうなんですか?俺はちょっと……どっちかっていうと冬の方が好きです」 「あ、そう?こう、スリル感じない?」  中学生なんて、ないものを求めるような年齢だろ?  現実的な子だったら冷めた目で世界見ちゃう感じだろ?  世界や宇宙、そのぐらいの大きさで過ごしてるんだろ?……意味がわからない?  中二なんてそんなものじゃん。 「夏休み明けとか、周りのみんながどこか違うなーって時なかったか?もしくは、裕希君もあったりして?」 「……」  横から撮る裕希君。  落ち着きを纏ったクールな感じがまたいいなァ。友樹とは違ってわかりにくいのがポイントというか……ポーカーフェイス、まではいかないけど。 「どんな事だっていいんだ。髪を切った、成長して雰囲気を変えた、恋にキラメキを撒き散らした、新しい出会いがあった。それだけで変わるだろ?」 「……学生の中で、長い休み期間でもありますから、多少は変わるものもありますけど」  そろそろ家にでもつくのか、小型画面に映る裕希君の横顔の変化はあまり見られないまま鍵を取り出した。その時、引っ掛かって一緒に出てきたものがある。  あ、これ、 「裕希君、男子校に通ってんだなー」 「……っ」  学生証だ。  見覚えのあるマークに思わず拾い上げながらひっくり返して学校名を見る。  やっぱなぁ。ここって俺が受験しようかどうしようか迷っていた中学校だ。でも俺の両親のこともあり、さらに俺自身の腐りもあって今の全寮制を選んだんだけど。 「ここに通ってたなんて、もしかしなくても俺達は最初から知り合いになっていたかもな」  薄い手帳を意識した感じの学生証にパラパラと無断でめくりながら、三つ離れているから裕希君が入学してきても俺が卒業している流れになる。  それなのに会えたかどうかもわからない偶然を話すのは、祐希君と喋りたいからだ。ついでにカメラのレンズは学生証に向いたまま。 「……拾っていただきありがとうございます」 「裕希君、そこまでかしこまらなくてもいいっつーの」  返してもらおうとしたのか伸ばされた裕希君の手を優しくはらい、学生証をさらに覗き込む。  校則、俺の学校より少し厳しめか? 「いや、一応……兄の友人なので――って、そこまで見なくても、」 「んー」  カメラに気付いていないのか、それともただ気にしていないだけなのか、裕希君はクールな態度から焦りを見せ始める。  ぶっちゃけ校則とか興味ないけどな。他の学校と見ても自由度ははるかにこっちの学校の方が高い。もちろん中等部と比べてだ。  指定の鞄や靴下とかもあるが、書いてあるだけであまり守る者はいないし、教師達も度が過ぎてなければ見逃すほど。なのになぜこんなにも学生証を見続けているのか。  俺が見入る理由はただ一つだ。 「お、あった」  最後までページを流し読みすれば違和感のある切込みを見付けた。  俺の反応で裕希君は肩をビクつかせていたけど知らないフリでカメラを向ける。  友樹が言ってたんだよ。  去年この家の裏で、同じ男とキスをした裕希君を見た、って! 「おお、こいつカッコいいな」 「木下さんっ」  そんな違和感のある切込み口からちょろっとはみ出てきたものを指でつまんで取り出すと、これまた良い顔した美人さんの写真が入っていた。――男のな。  眼鏡が似合ってて黒短髪で、いかにも真面目ですっていうタイプ。ふとした瞬間に撮ったであろう笑みがたまらないと思うほどだ。  中学生には見えないぐらいの成長ぶり。 「まぁまぁ落ち着け、思春期野郎」 「あ……」  おいおい、大丈夫か?  さっきまで大人っぽく接してきてくれてたのに、今ではあどけなさどころか──って、俺ってば悪い顔になってないか心配だ。……今さらか。  とりあえず、暑いから入らない?  なんて、まるでここが俺の家かのような提案を素直に飲み込んだ裕希君。  家に入れば、ひやっと涼しさが体を包み込まれた気がしたけど、まさか冷房つけっぱなしだったのか?  ありがたいけど、冷えすぎると弘人君が風邪引くかもよ。 「ふぅ……」  バタンッ、と閉められた玄関のドアに俺は段差のある靴脱ぎ場に一度座る。  カメラに撮られている裕希君は棒立ちのままで動こうとしない。ちょっと責めすぎたか?  泣きはしないだろうが、この先ずっと無言も困るもんな。 「大丈夫だって、裕希君」 「……」  慣れない励ましから入るとするか。  彼はたぶん、ていうか絶対に同性相手に――って葛藤してると思うから。一握りの世界が今では結構いるもんだから!  少なくとも、俺の両親を見た話しだが。 「男同士女同士とか普通だから。テレビのCMとかで食べ物を口移しリレーなんてしちゃうアイドルいたろ?出演上の撮り方でも茶の間でやられちゃ世間に広まるわけだ」 「……」 「女のアイドルがやったら綺麗に見える、そんなの偏見なだけで男とだって口移しリレーをやれるからな?ネット上で結構話題になった動画もあるし」 「……」  例えの出し方が悪かっただろうか。  とにかく、お前がホモでもおかしくない、と言いたいんだが……そもそも男ばかり好きになっているなら同性愛者かもしれない。  しかし、あの写真の男だけを好きになり、他の男を好きになれない気持ちがあるなら、それはホモじゃない。  ただ一人の男を好きになった。一人の人間に恋したただの男だろ?  そう思うのは俺だけか?  まぁ、めちゃくちゃ綺麗事言ってるけど俺は裕希君をホモと断定するけどな。 「なに、迷うことはないぞ。……誰にも相談できなかったか?」  この言い方に、裕希君は躊躇いながらも小さく頷いた。  なるべく顔を撮るカメラに俺の目は裕希君の微かに震える手がうつる。  おーおー、寄ってきた寄ってきた。 「じゃあ、俺が聞いてあげようか」 「え……うわっ、」  同時に裕希君の腕を引いて俺が座っていた場所と裕希君が棒立ちしていた場所を入れ替わり、撮る時の、調子に乗った俺に変わる。 「なに、ユウくんはこいつと付き合ってんの?」 「ゆ、ゆう、くん?」 「気にしないで」 「あの、さっきからそのカメラは……」 「気にしないで」  それで、どうなの?  状況が掴めていない裕希君にゴリ押しな俺。押して押して押し切ればこの子は絶対に頷くって。  困惑な表情をしながら頷くから。  

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