65 / 114
妬き余談
* * *
キャッキャッわーわー。
騒がしい周りはどうやら個室で取った店らしい。
居酒屋ではない雰囲気に古河がこんな店を知っているわけないと思っていたら、やっぱり女子大生の人が予約してとったと教えられた。
少し遅れて来る登場というのはすごく恥ずかしいものだと思わないか?
みんなが盛り上がってきた時に、引き戸がガララ、なんて音して開く。そこでみんながみんな注目するんだ。
どうもその目のやり場に困るというか……すぐに古河が盛り上げてくれたからいいんだけど。
「木下くん、だっけ」
「あぁ、はい」
んー、古河が出逢った噂の女。結構、可愛いじゃないか。
俺に話しかけてくれた子はその友人みたいだが、この子も綺麗で好みかもしれない。
俺と友樹が一緒に来て、隣同士で座ろうとしたんだが、ここは合コンだ。男女の出逢いをキッカケに作られた食事場。だから隣同士とか、論外――友樹なんて俺と離れ離れになって端の席にいるよ。
それに、ハメを外さなくても俺と友樹はどっちのものである。言い切れるのは、友樹以外の男みんなは完全に女が好きな奴等だ。
俺?
俺はよくわからないから。
言い切れないな。
「木下くんって高校生に見えないよ、大人っぽい」
「そうですかねー?」
ふふっ、と笑いながら可愛らしくアイスティーを飲むこの子はいったいどんな名前だったか……。
俺達が来た時に自己紹介をしていたが、んー……。
「やだ、敬語なんてやめて?」
肩までかかるストレートな髪、二重で大きな目はカラコンでもしているんじゃないかと思わせるほど。見ただけでわかるぷっくりした唇と柔らかそうな頬に目が離せなくなる。
顔がここまでいいんだ。体も結構いい感じなのが座っててもわかる……忘れかけていたなにかが思い出してきそう。
「でもほら、お姉さんだから」
「そうなんだよねぇ、私ここで一番年上になるの、かな?」
小さく笑いながらネタで出してきた年齢も、照れたように口元を隠す仕草も、ホント、女っぽいわ。――女だけど。
目の前にある烏龍茶を手にして話しかけやすいテンションをくれたこの女に、少しだけ話し相手になってもらおうと体を向ける。
隣に座っていただけでちゃんと顔を合わせていなかったからな。この場を崩さず古河達の楽しい時間を俺が奪ってどうする?
ここはノリでいくしかない!
互いが互い、夏休みなわけだ。変な話、持ち帰りだってあいつ等は企んでるに決まっている。顔が良くても中身が変態じゃ完璧とは名乗れないものだが。
「お姉さんはそんなに綺麗なのに彼氏いないんですか?」
「へへっ、直球過ぎてなんか恥ずかしいね」
でも女ってこんな回りくどく話すっけ。
「すみません、男子校だと扱い方というものを忘れちゃいますね」
「ううん、いいの。というより、高校卒業してからずっといないかなあ」
「あー、女子大だとそんな感じなんですか?」
周りが騒ぐ中、俺とこの人は静かに淡々と……いや、この人はちょっと照れながらだけど、話を進めていく。会話に困らないほどの話し方の人で助かったとさえ思うほど、俺はこの人に話しかけてるのかもしれないな。
結構、物足りなさを感じているけど。
やっぱ俺も来なきゃよかったなー。このまま漫画読んでればよかったかもなー。
心で思うものと口に出すものは違う。表情だってこの人と喋れて楽しそうな感じで作らねぇといけないし、変にきょろきょろしたって俺が浮くだけだ。
そんな事はしたくない、という邪魔なプライドに失笑。
そういや友樹は今どんな感じだろうな?
ふい、と彼女から外した視界に友樹を見る。――おー、つまんなそうに飲み物飲んでるよ。
それだけ。
俺を見るわけでも、他の女と話すわけでも、一緒の学校であるあいつ等と口をきくわけでもない、友樹らしい行動。
一匹狼とはあのことなのか、どうなのか……。
「それでね、」
楽しそうに話すこの人だが、内容がイマイチ入って来ない。
女の話ってのはまとまりがなくてオチもない、それでいてすぐに話題を変えるからなにを喋っているのかがわからない時がある。笑顔で頷いてりゃおさまるからいいんだけど。
だからこの女にも同じように、笑顔を絶やさず首を縦に振りながらの『へー、そうなんですねー』と相槌。
これで満足してるんだから俺はそれ以上もそれ以下も接することはないだろ?
「木下くんは烏龍茶しか飲まないの?」
おっと、次の会話は飲み物かよ。
「あぁ……なにか違うものを頼みますか?」
飲み放題を頼んでるらしいから。
つくづくつまらない“お食事場”に溜め息が漏れそうになるのをおさえていると――。
「私もなにか頼もうかなー?」
なんて言って近付いてきた。グッと縮まった距離にというか、距離なんてない。
メニューを持つ手に、腕にのしかかるように柔らかいものが当たってて、咄嗟に『うわ、ビッチ』と思ってしまった。
あんなに綺麗で好みだと思っていたこの人が、中身はビッチだと思うとすぐに気持ちが枯れる。久々の感覚に溺れそうだったはずの柔らかみが、今じゃ欲さなくなっている。
胸とか全然好きなんだけど。
「私、お酒飲もうかなぁ」
「……」
もともとそういう気を起こすなんてなかったからスルーしようとしていた俺。
だが――ガシャンッ――なんて、うちのトモくんはそれを許さないらしい。
個室内で割れる音が響き渡る。
一瞬にしてシーンッと静まり返ったみんなは音がした方に目を向けた。
「いっ、飯塚先輩?」
幹事である古河が恐る恐る、友樹に話しかける姿はなんとも面白いものだよ。
腹からくすぐられるようなムズムズに楽しみがわいてきて、俺は黙ったまま。
ちなみにビッチ女は友樹の行動に驚いて固まってる。距離感も変わってねぇよ。
「帰る」
突然、ジュースを飲んでいたグラスを壁に投げて割ったにもかかわらず、片付けなんて当たり前にしようとしないまま立ち上がる友樹。
ちなみに、個室の入り口側が、俺の席になっている。
「飯塚、先輩……あの、」
無駄だというのに古河は雰囲気を大事にしたい奴なんだろうな。
帰る友樹を止めようと同じくその場から立ち上がった。
余談だが、これを機に俺の手を掴むのやめてくれませんかね。――ビッチさん。
「邪魔、退けブス」
「……え」
あろうことか、友樹は俺達が座ってる側に来てはビッチ女に、一言。
目付きが悪いだけでその人の雰囲気も変わるからすごいよな。
顔だって怖く見えるぜ、友樹。
「……」
「……」
友樹とビッチ女がしばらく目を合わせていたのが急に二人とも俺を見始めて、戸惑った。
合コンに来てまだきっと一時間も経ってないはずだ。それなのにこんな事件を起こすんだから、友樹ってすごい。イライラしてるのがすっげぇわかる。
「……チッ、」
「あっ、飯塚先輩っ!」
最後は舌打ちをして無理矢理、俺達の後ろを通っては、個室から出て行ってしまった友樹。
「……あー、木下ぁ」
助けを求めてくる古河。
しょうがねぇなー。
「グラスの弁償は、なにかしらの理由つけて回避しとけよ?」
「うーん……にしても、飯塚先輩どうしちゃったんだろうな?」
喋ろうともしないみんな。だから古河の声が響く響く。
言えるわけないだろー?
『飯塚先輩はたぶん、俺とこのビッチ女が絡む姿を密かに見てて嫉妬したんだよ』って。
俺を見てないかと思ってたけどやっぱそこは友樹だから、ちゃんと俺を見ていたみたいだ。
キレたのは、ビッチ女の胸が俺に当たったあの瞬間だろう。窪田にも嫉妬するぐらいなんだから、女相手に嫉妬しないわけがないんだ。
「古河、俺が行くからあとは楽しんでくれ」
結局、人数は減るばかりで申し訳ないなぁ。
そう思いながら俺はビッチ女の腕を払って、急ぎ足で友樹を追いかけた。
ともだちにシェアしよう!