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軽快な余談
――あぁ……痛ぇ……。
「木下、おはよう。ん?」
「んー?……あー、」
寮内にある食堂。
変に背中を擦っているせいか朝飯をここで済まそうとやって来た松村に挨拶、からの首を傾げられた。
昨日の野外ハメ撮りのあと、少しの会話に弾ませながら俺が部屋に誘うと考える間はあったものの、ハメ撮った日にはこうやって招き入れてるせいか友樹はそのまま風呂場へ直行していた。
特別ナニかするわけでもなく、俺は俺で、友樹は友樹で。同じ部屋なのに別々の事をしながら過ごしてベッドにダイブ。それでもシングルベッドに変わりないから狭いんだよ。
だから起きる直前、友樹に押されて背中から床に落ちるっていう……寝ていたとしても酷い仕打ちにあった。頭からじゃなく背中からなんてどう落ちればそうなるんだ俺……。
「背中痛いのか?漫画の読み過ぎじゃねぇの?」
目の前の椅子に座る松村に、説明もせず解釈された言葉をどう言い返そうか。ある意味、漫画みたいなものはヤったが、そんなの俺から言えるわけがない。
怒られるのは目に見えてるしな。
つーか、
「松村ぁ、俺が合コン行ってる間なにしてたんだよ」
「あー、夕方だっけ?」
本当は合コンなんて行ったうちに入らないけど。
ジンジンと、直後よりは和らいできた痛みを我慢しながら頬杖をついて松村に問いかける。
夕方というよりは、もう夜の時間帯だったと思うが。
「会長とDVDみてたよ」
へぇ。
「なんのー?」
そう言うと松村はタイトルを思い出せずに、とりあえずホラーだった、と答えた。
ホラーなぁ……。
「スプラッター系か」
「よくわかったな。洋画ものはそういうのが多くて見るに堪えないんだ」
へぇ。
ホラージャンルでスプラッター入りか。
松村が苦い顔をするのもよくわかる。妙にあっちの国のホラーものはハイテンションというか。俺の偏見でもあるが。
「確かに、見るに堪えないかもなァ?松村くーん」
「……なんだよ、気持ち悪いな」
酷いな。今日は初っ端からこういう感じでスタートかよ。
まぁいいや、とどこか開き直りながら俺は自分の鎖骨より下辺りをトントントンと指で差した。すると松村はまた首を傾げて確認するように着ていたシャツの中を覗いては、
「……っ」
焦る。
なにあの、こゆーい痣みたいなの!
むしろ吸われ過ぎて赤紫になってんぞぉぉぉ!?
いい加減にしろよ!
なんでそこでキスマークなんだよ!
こいつ等は相変わらずラブラブだな!
喧嘩ぐらいしてみろって話だ。
「俺が苦しんでる時にアナックスですかー?奥さん気持ち良かったぁ?」
「うっ、うるせぇな……なんだよ、アナックスとか」
わかりやすくもシャツのボタンを上までキッチリしめながら必死の反撃か、よくわからないところを突かれた。
アナックスはアナックスだろうが。アナルセックスの略しでアナックス。検索するとどっかの会社名とかいでヒットするんだけどな。
「あと、智志は連れてってないだろうな」
「おいおい、心配し過ぎだって。連れて行けなかったんだよ……なんかあったのか知らねぇけど」
あぁもう、また背中が痛くなってきたな……。
「食券は?」
テーブルに突っ伏す俺に松村はさらに話しかけてくる。
食券なら友樹が買って、持ってきてくれるんだよ。お金を渡して、朝食Aの鮭定食をお願いして、勝手に席についたから。友樹から、なんで俺?という視線も感じたが、この背中に免じて今日だけは許してくれって思いながらな。
「友樹が買ってくれてる。お前は?」
「あぁ、飯塚先輩か、そうかそうか」
……五十嵐が買ってきてくれるのか。別にそこは惚気でもなんでもないと思うんだが……あ、さっきの流れで言ったら惚気てると茶化すけど。
夏休みの食堂は意外に利用されにくい。時間も決められてるし、たぶんグダグダしたい奴等が多いからその時間帯に来るのが面倒だと思ってんだろう。
一応、一回目は14時までおばちゃんがいるんだけどな。
「話変わるけど、保健医のテッちゃんさぁ――」
やけに遅く感じる朝飯。
それもそうか……地元から帰ってきた奴等がいるんだから。数日前よりはおばちゃん達からしたら忙しいのかもしれない。気長に待てるには待てるが……はあ……。
これさ、松村がここに座ったっていうことは、同じテーブルに五十嵐も一緒に食べる事になってんじゃねぇの?
うわぁ、まじかー。いや、いいんだけど、絡みづらー。いや、いいんだけど、いいんだけど無駄にいろいろツッコまれそうだ……。
「おい平三、パンだったろ?」
「ほら、歩」
「……」
なんて思った矢先に友樹と五十嵐が来ちゃったよ。
男らしさ溢れる二人だが、うちのトモくんは受けだからなぁ。五十嵐は松村の前では甘えん坊だからなぁ。さらに副会長の王司はドMときた。
中沢限定っぽいけど。……生徒会大丈夫かよ。
「ありがとうございまーす」
「木下、お前ちゃんと礼くらい――「ありがとうございますっ」
母ちゃんだ、もう松村は母親だ、お母さんだ。
突っ伏していた体を元に戻して、わざわざ持ってきてくれた友樹に礼を言う。そんな友樹は礼を言ったところでどうも感じてないのか受け取った俺を見てから隣に座り、食べ始めていた。
もちろん、五十嵐も同じだ。俺の左斜めの椅子に座って、俺と同じものを頼んで、まずは味噌汁から手に。
「中沢は部屋で作る派だっけ」
「だと思うけど。王司もいるし」
なるほど。
部屋以外ではあまり喋ることがない中沢と王司。
意図的に、中沢から王司へ『話しかけてくるな』と言ったらしいからなぁ……離れたくないと思ってる王司のために中沢はせっせと朝から飯を作ってんだろ。
あいつ家庭的なところはスペック高いんだけど、如何せん経験値ってやつが平均的な平凡だからそれ以上もそれ以下も目立たずスルーされるんだろうなぁ。
まあ、中沢にとってそれがベストらしいけど。
「――智志君、なに食べる?」
「パン」
「目玉焼き?スクランブルエッグ?」
「あー……スクランブル」
「わかった、先に座ってていいよ」
ベストらしいけど、周りはそうしてくれない世界なんだなぁ……。
「松村さん松村さん、二人いるんですけど……!」
「はあ?……ほ、んとだ……!」
あれ、よく見ると王司の奴、口端に怪我があるんだけど?……んんん?
噂の二人の会話に俺と松村は大きく反応し、中沢の方を見る。そんな俺達に五十嵐は驚いた顔を浮かべていたが、そんなのはどうでもいいことだ……あの中沢が食堂で、寮内にある食堂で――人前で!
王司と話してる中沢の姿があったから!
だからか周りがコソコソ話を始めちゃってる事に気付く。中沢本人は気付いてるのかは知らないが。
「さっ、智志?」
「んぁ?あぁ、お前等もいたのか」
慌てるように中沢へ話しかけた松村にたいしてどこか疲れが見える中沢。
いったいどんな展開だ……。
「智志も食堂で済ませんの?」
「んー、今日は作るの面倒で――と、会長様に、飯塚先、輩……」
「……」
いつも通りに話しかけて来た中沢も急に苦笑いを浮かべて、最後には引きつったものになっている。五十嵐の存在もあると思うが、問題は友樹か……原因である本人は気にせず食べ続けてるんだけどなぁ。
後退りをする中沢はどこか違う席にでも行こうとしてるのか少しだけきょろきょろさせながら周りを見ている。
んー、これは、捕獲。
「なにしてんだよ中沢、ほらお前の席っ」
「いや、ちょっ、」
「王司もいるんだろ?」
掴んだ腕を無理矢理、引っ張って俺の隣に座らせた。
俺に近付いたら殴られるかもしれないという友樹の脅しが中沢のなかでまだ生きているみたいだ。松村も松村で中沢と一緒に食べれるのが嬉しいのか、ドM野郎の王司のために椅子まで用意しているからな。
松村、お前はどんだけ中沢が好きなんだよ。
心の中で録画、と。
「てかなんであいつと?」
「あー……まぁ、いろいろあって……」
王司の口端にあった傷は見て見ぬフリした方が、あとあといいかな。
「へぇ」
中沢ってば友樹のこと意識し過ぎだって。本人にもう大丈夫と言ったところで信じてくれるか知らねぇけどさ。でもま、いいか……俺もはやく飯食おう。
「あ、友樹、醤油取ってください」
「ん」
名前呼びをした時、五十嵐からの視線は気になったが、もう今は知ーらねっ。
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