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余談外

  「よう、久々だな、歩」 「そうだな、久々だっ」 「歩くん?すごい慌ててない?」  録画を終了させて、二人には気付かれないように食堂の前を通っては、父親が待つところまで走った。食堂からの時点で距離はそこまでないはずなんだが、今の俺は楽しみが待ってるだけで長く感じた。  おかしいな。小学生とかの遠足では前夜でワクワクして寝れない――なんてなかったはずなのに。  ホモって最高? 「慌ててる、すっごい慌ててる」 「誰かに狙われてるのか?尻には気を付けろよ」 「ちょっと、誰もあんたみたいに息子まで男を好きになるとは限らないだろ」  なぁ、歩くん。  父親にツッコんだ相手は気を遣ってるんだろう。この世界はそうそうに足を踏み入れないゾーンだ、って。でもなー……それがなー……。  服のポケットに入ってるメモリーカードを父親に渡す。 「ほら、一昨年の」 「おー、悪いな」  嬉しそうに笑う父親。相手は溜め息をついて頭に手をつけている。  どうでもいいが、わかっていると思うが、この相手こそ俺が初めて同性愛というものに遭遇した相手だ。父親とキスをしていた相手。  変わらず続いてるし、別れそうな気配もない。いい歳してバカみたいにラブラブな、親父同士。窪田が見たら喜ぶだろうよ。 「歩くんが元気そうでよかったよ」 「俺も二人が元気そうでよかった」  カメラを手にして録画を開始。  数秒だろうがなんだろうが時間なんて関係ない。短ければどこかと繋ぎ合わせて保存すればいいし、長ければそのままの保存。  二人を眺めているのも悪くない俺はこの録画ですら微笑ましくなるんだ。  よかったな、本当に地雷のない息子でさ。  が、しかし。 「あのさ、俺なんだかんだで今、時間ないんだよな」 「あぁ、慌ててたもんな」  父親の言葉に俺は画面越しの二人を見ながら頷く。 「だからもう行くけど、」  父親にしろ、その相手にしろ、もう気を遣わせないように。――サラッと。 「俺のケツを心配するんじゃなくて、狙ってるのは俺かも知れないから。そこ、よろしく」  用事は終わった。  あれからまだ5分も経ってないから友樹も裕希君もそれほど話は進んでないだろうよ。  どんな内容かは知らないが、もう一度交渉するのみ……イケるって、俺。乳首のペロリストである弘人君がいないのはちょっと寂しい感じもするが、乳首なら俺がいくらだって舐める!  録画を終了して、俺は二人の顔をそれほど見ずにその場から去っていった。 「……あれ、どういうこと?」 「結局、親子って事だろ」  せっせと走って戻った食堂。覗けば二人はとくに変わった様子もなく淡々と喋っていた。  あー、いや……裕希君がちょっと困った顔してるけど、もういいや、突撃しちゃえ。 「あれ?裕希君じゃないか」 「っ、木下さん……!」 「……」  カメラを持って、録画を始めてはスルッと遠慮なく友樹と裕希君に近付く俺。  呆れたように俺を見る友樹なんて気にせず喋るぞ。 「裕希君が来るなんて珍しいな。どっかで会えばいいのに」 「あ、いや、ここら辺で用事あったのでついでに……」  変にカメラを意識してる裕希君マジ童貞。  中学生で、しかも男相手にヤっちゃうのははやいと思うが、この子はそういう子だからなにも言わないさ。気分の良い俺はなにを言われようが笑顔で受け取るし、笑顔で撮る。 「歩、こっち」 「はいはい」  そんな中、友樹はどう思ったのか俺の腕を掴んでは隣の椅子に座らされて斜め前にいる裕希君に自然とレンズが向くようになった。  これはこれで交渉しやすい。友樹の前でこういった話を持ちかけようとするのは初めてだなぁ。ついでに友樹の心境も聞いとくか! 「裕希、先に言っとけ。絶対に勘違いしてる。つーか変な事考えてる」 「え、変なことですか?」  こいつ、というように指を俺に差してくる友樹。  なにからなにまで失礼だな!  どのタイミングで交渉をしようか考えてるだけだって!  あとなんだ、勘違いって。  真面目な顔して裕希君に伝える友樹の顔は呆れを通り越して、もうなにがなんだかわからないような、そんな顔。  綺麗な顔に傷も付いてて、それすらも惜しいのに、そんな言い表せない顔してたらもったいないぞー?  まぁ俺はその顔でもいいけど。 「ん゙んっ、あの、では、」  咳払いをして座り直す裕希君。  なんだなんだ――なんか顔赤いけど、どうした? 「えっと……木下さん……」 「んー?」  真っ赤な顔は変わらず、暑さのせいで真っ赤にしたわけでもない目を泳がす姿がカメラにおさまる。そして、ぎゅっと瞑った目に裕希君はこう言った。 「つっ、付き合ってるあいつに俺が――俺が、掘られたっ」 「……」 「……」  そして、祐希君は涙目だ。  シーンッ、と、窓の外から聞こえてくる蝉の鳴き声すら遠のくような周りに、俺はただただ本物の裕希君を見る事しか出来なかった。  カメラに映る裕希君は言い終わったあと、レンズが気になっているらしくずっと見つめている。もちろん顔は真っ赤で涙目なのは変わらないが、とにかくずっとカメラを見つめている。 「……」  うん、整理をしよう。  彼は今、なんて言った?  彼と今、付き合ってるのは眼鏡君だよな?  彼の欲、それは相手に突っ込みたいって話だったよな?  それなのになんだ?  掘られた? 眼鏡君に? 突っ込まれた? 「え、裕希君が受けたってことか!?」 「っ……裕希が、そう言ってたからな」  ガシッと隣にいる友樹の腕を掴んで大きく揺さぶりながら聞き返す。本人じゃなくて、義理の兄である友樹に聞き返す。それでも俺の耳は正常で理解するのも時間はかからなかった。  まじか……まじなのか、ユウくん……!  俺のチャンスはっ……俺が願う弟攻めというものが……っ!  もう、絶対に、叶わないじゃないか……! 「……いや、いいんだけどさー」 「木下さん……?」  俺の独り言を聞いて心配そうに首を傾げてくる裕希君にちょっとときめいた。  腐ィルターのせいで“ネコ”をした裕希くんが途端に可愛く見えてきたし……最初、会った時は大人っぽくて冷静で礼儀も良くて、本気出したら攻めれます、って感じだったんだけどな……。  一息吐いて俺は掴んでいた友樹の腕を離し、ビデオカメラをもう一度回すことにした。  こういった動作に敏感らしい裕希君を、心の中で笑いながら。 「じゃあついで感覚でここに来ちゃった理由は?絶対についでじゃないだろうけど」 「あ、いや……」  どんだけどもどもしてんだよ、裕希君。友樹なんて受け役だけど、こんなにもどっしり構えてるんだぞ?  状況が違くても立場は一緒だ。  義兄弟なのにこういうところは似ちゃうんだな?――面白い!  

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