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軽々しく余談
「……スッ、」
すする音。
もしかしたらもう涙の一滴や二滴は落ちたのかもしれない。
「泣かないでくださいよ、わからない人だなぁ。――俺が好きですか?」
「ん……」
頷いて、小さな声。
即答だ。ということは俺を好き過ぎるなんてのは、間違ってはいないわけだ。
俯く顔に俺は前髪を軽くかき分けながらもう一度、友樹の名前を呼ぶ。
それで反応するなら助かるし、なにも言わない気なら、俺はさっさと愁哉さんとの件について準備をするから、この部屋から出て行く。
なるべくはやいほうがいいだろ?
ハメ撮り。
「ともき、どうしましたか?」
気持ち悪いほどの優しさに俺が死にそうだ。
真面目なんて嫌いだし、暗い雰囲気もずっと前から苦手。今のこの空気も、耐えられないのが本音だから。
だから、友樹さんお願いですよ。
泣いてる原因を言っちゃってください。
「……」
「……」
「……」
「……はあ」
たっぷりの間。俺的には長く待った方だ。だけど言わないから、いつまでも“無駄な時間”を過ごすわけにはいかない。
握り掴んでいた手を離して、俺はソファーから立ち上がる。念には念を――新しいメモリーカードの確認と、それから学校に行こう。
準備は準備だからな。
そのあと中等部に行って、窪田に会おうか。ずっとここにいてもしかたがないし。
カメラは……隠しておこう。
暴れないかもしれないが、壊されたくないからな。もしものために!
「ま、この部屋は友樹の好きに使ってください」
今さら過ぎる言葉に心の中では、もうすでに好き放題に使われてるけど、なんて思いながらパソコンの方へ歩く。
その時だ。
「……歩が、」
この時に、友樹は泣いて初めて口にしたのだ。
これまた小さい声ながらも俺の耳に入ってきた友樹の言葉に、足を止めて振り返る。
「んっ、あゆむが……そこに行くなら、って……」
「……はい?」
あれ、ちょっと意味が……。
少し泣いてて口が動かせないからって、わからないにもほどが……。
俺が、そこに行くなら?――どこに?
「大学……お前が、あそこに行くなら……行くって……」
「え……えっ?えっ、待ってください友樹、いや友樹さん待ってくださいっ」
慌ててソファーへ戻り友樹に近付く。これは、もしかして、進路の話か?
まだ友樹の中では進路の話のままなのか?
「友樹さん友樹さん、ソレとコレでどうして泣くんですか?てか俺はあの大学に行くつもりですけど?」
とはいえ、ソファーに座らず床に膝をつけて正座みたいに座れば、口を少し尖らせて拗ねている友樹の顔が丸見えだ。目は逸らされてるものの、それだけでどこか温かくなる気持ち。
ぶっちゃけ今日で夏休みは終わるにしても、寮生活なんだから変わらぬ生活を続けることが出来る。寂しくなるなんて一切ない。
学校に行くのが面倒だ、とかは思ってても無断欠席なんてあまり出来ないからな。
あ、いや、違うわ。
友樹の泣きについてだ。
「そんな……泣く要素、なくないですか?」
頬に触れた手には伝った涙の痕。
濡れてるところどころを拭いながら友樹に聞けば、グッと押し込めていたなにかが爆発したかのように口を開いた。
「っ、卒業する側の気持ちを考えろ……!つーか、俺の気持ちも、考えろ……!」
「わあ……」
「半年以上あるにしても歩と離れることになるだろ……学校にしても、寮にしても……。そもそも歩の、本当の気持ちだって――「ぶはっ!」
「……」
急に出てしまった笑い。
ごめんごめん、おさえられなかったんだ。気持ちが、っつーの?
卒業した後の事を考えてんの?
俺の本当の気持ちを考えてんの?
離れるのが、寂しいとか考えてんの?
カメラに撮って、うちのトモくん可愛いだろ?って、誰かに見せてぇよ!
そのセリフ、いいと思うぜー?
我慢出来ない笑いで震える肩に失礼だと思いつつも、もう一回声を上げて笑えば友樹はポカーンッとした感じで俺を見ていた。
やっと合った目は、実にムードもへったくれもない、周りから見ると最悪な場だろう。
「あーもー、友樹ってばよくわかんねぇわー」
「――んぅ、」
笑いを堪えながらのキス。
床から立ち上がってそのまま俺は友樹の膝の上に跨り、有無を言わせず頭にガバッ、と抱きついた。
「うははっ、友樹は誰にでもハメられて正解な人じゃないですかぁ!」
「はっ……!?」
「ああいう時じゃなくても可愛い面があるんですねぇ?……ぶっははっ!」
大笑いする俺。意味なく大笑いする俺。
意味のある、大笑いをする俺?
「ん、ちょっ、歩、おまえ苦しい……!あと俺は本気で、」
「わかってますわかってますぅ!あはははっ」
「……くっそ、バカにして……」
それでも笑って、抱き締めている友樹の頭は動けないほどガッチガチで、俺の胸に顔を埋めさせる。
「バカになんかしてないしてない!ははっ」
「いい加減にしろ……!おい!」
「んー、ふふっ」
俺の顔を見せないように。
俺のおかしなドキドキも気付かれないように。
大笑いで腹筋を使い体が揺れるように。――なんだ、これ。
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