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余き談
「木下先輩!先輩ってば!聞いてください!」
突然、聞こえてきた声とともに俺が持っていたBL小説を強制的に閉じて、
「くっそ窪田、くたばれ」
「ひぇ……」
可愛い可愛い後輩の窪田に暴言を吐いた。
「ったく……」
窪田に目を向けたものの、閉じた小説の裏表紙にあらすじを読む。途中とはいえ、二巻もいい感じの流れだよなぁ。
前に読んだ浮気攻めと平凡受けの小説話。それの続きがはやくも出た。窪田のせいで半端な展開しか読めてないが、思うのは一つ。
やっぱり俺の目を光らせた新人作家なだけあるなって事だ。
宮本が平凡受け、山田が浮気攻めで、おそらくクズだ。しかも、依存症的な意味でのクズ。受けの家の前にいたらしいが、一巻の時は海外に行く事を知らなかった攻めで終わったよな。
てか、別れを告げられてからの言動が見れず終いになっていたし、受けも受けで読者から見れば『もしかして、』なんて希望の光が見えるような、終わり方だった。
それが二巻になって開けば平凡のくせにエマなんていう美人のアメリカレディーを捕まえて、女と抱き合ってキスしてセックスまでしては別れまで経験しちゃったからな。
そんでもってなんだかこの一連に満足してる主人公も主人公だった。
希望の光もあったもんじゃない始まり方だ。萎え始めを覚えたと同時に……居たからさ。
浮気性のどうしようもないイケメン攻めな山田が、吹っ切れ方が潔くその場で覚悟を決めて男前を出す受けの平凡宮本の家の前に、居たらしいから。
この続きはまた今度にしよう。――え? 今読まないのかって?
「どうした、窪田」
「やっと意識を俺に向けてくれた」
なんだその台詞は、ふざけているのか。襲わせるぞ。……なんて出来もせずにいるのは、こいつの埋め合わせをしなきゃいけない気持ちがあるからだろうか。
俺もこの小説の主人公である宮本みたいな考えではないが、別に思い出さなくてもいいハメ撮り失敗の相手である愁哉さんの時、俺は窪田に苦痛となる扱いのまま放置していた。
男同士でラブホに来ては牢獄部屋に置いて行き、三時間。三時間、放置していたから。そこに新刊であるBL漫画があっても苦痛には変わりないだろうよ。
窪田みたいに、ただ純粋にホモというワールドを愛する人間でも、はやくあの部屋から出たかったに違いない。だがさすが先輩後輩の上下関係を理解してる者だ。
ちょっとは八つ当たりをくらったにしてもすぐに気分を変えて『木下先輩、木下先輩』と構いにやってくる。
――どう考えても窪田は受けなのに、本人は攻めか受けを選ぶなら“攻め”と答えているから頭の中お花畑だよなぁ、って。
「俺は読書を楽しんでいたんだけど」
「これ!」
「おい」
文句の一つ、言ってもいいような気もするが、それも叶わず目の前に出された二枚の紙。パッと見、縦5センチの横10センチといったところか。
長方形の、派手なデザインで描かれた紙には最後【テーマパーク半額券】と書いてあった。
「あぁ、これって最近出来たところだったな」
思い出す記憶に窪田が持っていた二枚の紙を掴み取る。
へぇ、一枚で二人までの半額券か。ということはこの券を二枚持って四人で行けば二人分は得をする、と……んー。
「ここに遊びに行きませんか?」
なにか考えが出そうになったところで、窪田からの案が出てきた。
相変わらず派手なアクセサリーに金のメッシュは綺麗なまま。ただし今日のシャツは第三ボタンまで外しているわけではなく、第一ボタンしか外してない。
よくいる男子高生だ。どうした、やけに普通じゃないか。まあ首から下が普通なだけで少し目線をあげれば派手な人間には変わりないんだけど。
偽物ふりょーくん?
「ふっ……俺とお前で、テーマパーク?」
「……確かに」
笑い堪える俺と真剣に悩む窪田。前回のラブホ直行で、わーギャー騒いでた奴だ。なにもなかったにしろ、こんな俺と、男二人だけで遊園地にしろどこか行ったところでなにも楽しくないだろうよ。
それこそ複数人、もしくは互いに女を連れて。
それだったらよかったんだけどな。
「あ、」
そうだ。
「じゃあじゃあ、こうしましょう!高等部の生徒会長とその相手である元ノンケ先輩か、あの平凡受け先輩と王子様攻めの二人!どうっスか!?」
うるさく聞いてくる窪田に俺は語尾が気に入らず『口調、』と注意。
まあ、この半額券は使用期限なんてものは書いてないし――たまには、いいか。
欠伸が出そうになるのを必死におさえて、強制的に閉じられた読みかけのBL小説を片手に半額券も一枚ポケットに入れといた。
それからそばにあったカメラも何気なく持ち、そのまま立ち上がっては俺の自室だった部屋から窪田の肩に腕を回しながら玄関に向かう。
「え、あ、木下先輩?」
この行動に不安が見え隠れする窪田が面白い。
今このカメラで撮っとけばいいだろうか。
「窪田、お前のフラグ回収はいつになるんだろうな?」
「はい?フラグ?しかも回収?」
「そう、フラグの回収」
「……はい?」
テッちゃん×窪田だよ。
ラブホまで迎えに来たテッちゃんなら窪田をターゲットにしてもおかしくないだろ。窪田自身に守る術を持っていたら無理なんだろうけど、こいつは案外ひょろっこい。
ラブホ帰りのフラグを立てればいずれ回収時には食われてるはずなんだけど……いや、俺の妄想もぶっ飛び過ぎて現実にならなくなってきたのかもしれない。
頭の中でAとBの妄想すると現実で付き合う発展になるあれは、俺の自惚れだったんだろうか……まあ、いいか。
テッちゃん×窪田も俺の中でおさめるだけで口に出すのはやめよう。俺の中のなにかがキリ付いたところで窪田になんでもない事を伝えて、玄関のドアを開ける。
すると、
「……」
「お、っとー……」
「うぁ、飯塚先輩じゃないですか……!」
開けた玄関先には、先日、本物の“恋人”として関係が成り立った飯塚 友樹が立っていた。
俺が、窪田の肩に、腕を回したままの、姿で。
――単純に、やべぇ……どんなタイミングだ。
友樹と顔を合わせれば嫌でもわかるほどの不機嫌面に俺が焦る一方、窪田は“憧れ”の飯塚 友樹に会えた喜びで目を輝かせている。
いいか、窪田。友樹は現段階でお前を嫉妬対象としての人間になっているんだぞ?
迂闊に近寄ったら拳の一つや二つ……俺に振りかかってくるおそれがあるからやめろ。
目を輝かすな。
「……」
「いやぁ、偶然ですね。今から飯塚先輩の部屋に行こうとしてたんですよー」
「……」
もう最初からだ。このまま逃げられても困るし、窪田にもかっこ悪いところは見せられない。だから最初から友樹の腕を掴みながら離れないようにして、窪田と距離を置く俺。
我ながらこの気遣いはプロだと思うね。友樹専用なんだけど。あれもこれも、はやく聞きたいし話したい事もあるから逃げられてもなぁ?
不安定要素がたんまりある友樹だし、これが原因でまた変に狂っても俺が収拾出来ないというか……そこまでのスキル、俺にはまだない。
玄関のドアがしっかり閉まる音を耳に入れながら俺は窪田に向かって、一言。
「悪いな、ちょっと用事済ませてくるから埋め合わせの件はまた今度だ」
なんて口にするとこっちもこっちで不機嫌面を浮かばせてきた。
つーかいつも遊んでる気がするけどな。そんなに俺と外で遊びたいのか?
歳の差って難しいな。
「まぁいいですよ。さっきの話とカラオケ、絶対っスからね」
「……」
「わ、わかった……」
友樹からの視線ハンパねぇ……。
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