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緊急事態のその先
それから、ずっと黙ってる友樹の腰に腕を回しては俺が押し歩かせて、部屋に向かった。もちろん友樹の、三学年が使用している部屋だ。
渡り廊下を使ってまで移動をしないといけないから多少、他の奴等と出くわすが俺という木下 歩のことは三学年からしたら知らない方が多いだろうし、飯塚 友樹については噂で出回る“不良”レッテルで下手に口を挟む奴等もいないだろうよ。
触らぬ神に祟りなし、ってな。
うちの友樹はそんなんじゃないんだが……まぁ、わからないならそれでいい。つーか、わからなくて良し。
「友樹、鍵!かーぎ!」
「……」
「いつまでぶすくれてるんですか」
へら、と笑った俺に友樹はどう感じたのか、片眉をピクリと動かしながらしょうがなくポケットに手を突っ込んで鍵を取り出した。
開くドアに部屋主よりも先に入ってはソファーにくつろぐ。
図々しいなんて今さらだ。これが俺で、そんな俺を少なからず理解している友樹は文句など言わない。
「あー、おれ喉渇いたかも。なにかください」
「……麦茶な」
やっと開いたその口にどこか嬉しさを感じながら返事をすると、キッチンに向かってすぐ冷蔵庫から麦茶を取り出した友樹。――を、撮影する、俺。
もう、どうどうと撮影だ。ここまで来てなにを遠慮すればいいのか、さっぱりわからないよ。
「ほら」
すぐに戻ってきた友樹は俺の目の前にコップを置きつつ、対面式で床に座り始めた。俺の予想では、俺が座ってる隣に来てくれると思ったんだけどな?
ま、いいか。どっちみち撮りやすい位置ならそれで構わない。カメラを向けられていることに気付いていないわけない友樹もツッコむ気がなくなっているのかもしれない。
なにも言わず、まだ窪田の事を引きずっているのか沈黙が訪れる。
そんななか、俺はゆっくり深呼吸をして、直球に聞いてみた。
「友樹さぁ、なんでそんなに俺が好きなの?」
「……」
「……」
「……」
「……ん?」
まあ、こんな沈黙にはもう慣れてるけど。
というより、空気は沈黙でも友樹の表情を見れば、微かな変動に俺の苦手な空気でないと判断できる。
「……」
「いやさ、直球過ぎて、えっ、て感じかもしれねぇけど、ずっと聞きたかったんだよ。よくこんな俺と一緒にいるよな?」
まるで他人事。
俺という俺が、当事者であるから関係あるのに、他人事。
「今、話すのかよ……」
「絶好過ぎるタイミングだと思いまーす」
向けられてるカメラを、レンズをジッと見つめる友樹は硬く口を閉ざしたままだ。
小型画面から見える友樹も、本物の友樹も、考える顔に俺の中の“ワクワク”が止まらない。最終的に……着地点がわかっている限り、俺の中のナルシストさが全開に出てきやがる。
そんな自分がまた嫌いになれないからお手上げ状態だ。
ただ、どんなキッカケでもいいから知りたいんだよ。
「……まぁ、愁哉と別れた数日後の話なんだけど」
俺の気持ちが伝わったらしい友樹は、固く閉ざされていたであろう口を動かした。
まだ今年じゃないか。
「卒業時期の、三月だ」
と、やっと聞き出せる友樹の話から同時に思い出した記憶があった。
それは今年の三月。友樹が口にした、時期。
春休み中で、あと数日後には学年上がっちゃってるなぁ、と思いながら春の新刊ホモ祭りを一人で楽しんでいたんだ。本屋に寄る途中で、だけど春一番で風がやたらめったら強かった。
そんな風にかなりウザいなと思いつつ、もうこうなったら近道をしようと喫茶店と花屋さんの間にある路地裏を使い、道を変えて向かおうと進む足を変えた。
そしたら柄の悪い兄ちゃん達がいたんだよなー。大変だったんだよ。カツアゲされてる中学生みたいな子が縮こまって鞄を必死に守ってて、それでも殴り蹴り続ける兄ちゃん達で。
あまり関わりたくねぇから急ぎ足で行こう、とタッタッタッて進んだんだ。そしたらあの中学生、俺に向かって『助けてお兄さん!』って叫んだんだぜ?
聞きたくもない蹴り音や殴り音が一瞬にしてなくなって、瞬時に俺の方を見てきた兄ちゃん達に俺は苦笑いをしたわけよ。それが気にくわなかったみたいで、近付いて来てさ。
もう驚いたし、はやくBL漫画と小説を買いたくてこの場を去りたかったから護身術を使ってなんとか切り抜けたわけ。とはいえ、少し乱暴なものも使っちゃったけど。
しかもその男の子からは礼も言われず逃げ足のはやいだけの子でカッチンときたんだけど。
俺の時間が無駄に――と思いながら打ち所が悪かったせいで手を痙攣させてる兄ちゃん達に『大丈夫ですか?』の一言をあげれば首を振られて、大丈夫じゃないと口パクしてた。
そんな、懐かしい思い出の時期。
「その懐かしい思い出に、俺がいたんだけどな」
「え」
友樹の話を聞きつつも自分の記憶にも浸っていたものが、伝わってしまったのか。
いや、そんなファンタジーがあってもいいことなのか。
つーかそれってどういうことなんだ?
「どこにいたんですか?あそこ結構、狭かったような……」
「歩からしたら、背後にいたけど。綺麗な喧嘩で……惚れたっつーか……」
綺麗な喧嘩……喧嘩のつもりじゃなかったから、なんだか恥ずかしいな。
「学校が始まって歩を見かけてすぐ、まあ……告白したらこのざまだ」
「……ほう」
さらに思い出すのは、告白とともに条件付けたハメ撮りの件。
俺も俺でなぁ、ハメ撮りとか言わなければここまでの関係に至らなかったと思うしなー。むしろ嫌われるように冷たくあしらってたかもしれない。
いつだかの、アイツみたいに。
そうだよ、あの時は否定して初めて告って来た奴は――転校はもともと決まっていて、玉砕覚悟で俺に告白したんだ――と決め付けていたが、実際はそうじゃないと知っている。
おそらく俺があの告白を受け入れていたら彼は転校せずにいただろう。だってここ、全寮制だぜ?
俺がなにしようが俺の自由であり、転校したあいつがどう受け止めたのか――なんてものはやっぱり俺には関係ないから、ヒドイ事を言ったもんだ。
その時アイツに、なにを言ったかは教えねぇけどな。
んー……けど、友樹は粘り強かった。
「喧嘩とは言えない“綺麗な喧嘩”をする俺を見て、知ったキッカケはわかりました。それでもずっと好きだなんてそうとう物好きですよね?少なくともいろいろしてきたつもりなんだけど……」
持っていたカメラをソファーに置いて、喉が渇いたと言いながら一口も飲んでいない麦茶が入ったコップに手を伸ばす。
まずは、話を聞けた。そこに一安心して、だけど俺のなかで“変人”不良くんに成り上がってしまった友樹。
わけのわからない飯塚 友樹でも俺の気持ちは変わらず、むしろ余計に片寄ってきたんじゃないかな。
俺もつまんねぇ嫉妬なんかして、だけど嫉妬したピアスのキッカケは正当な理由のはず。
緩んできた頬に気付かれない程度の仕草で隠しながら、持ったコップを傾けて、
「あ、トモくん」
「なっ――、」
「悪い、手が滑った」
ばしゃ、と友樹に麦茶をぶっかける。
友樹に麦茶を掛けたのはわざとだ。どうにかしてでも風呂に入れさせたいと思ったからさ。あ、いや、本当は風呂に入らなくてもよかったんだぞ?
入らなくても良かったんだけど、うちのトモくんは“そういう”ところを気にする乙女チック不良くんなんだ。
そんなので機嫌を悪くされたら、俺のヤりたい事が出来なくなるじゃん。
出来なくなるんだよ。
バッタリ窪田と遭遇した時みたいに掴まえとかないとさ。
「トモくーん」
待ってるとドアが開いた音がして、振り返る。
「……だから、なんでこのタイミングなんだよ」
呆れる表情を浮かべ、溜め息……――というわけで、もう一度カメラを持って録画を始めようと思う!
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