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【少々番外編】たぶん、絶対、惚れてるから負け
「はいトモくん、あげるよ」
歩のベッドで寝転がっていると、いつも持ち歩いているビデオカメラを片手にもう片方の手で、カサッといくつかの小さな紙袋を置いてきた。
なにか買ったのか?
茶袋だったり、白袋だったり、黒ストライプの袋だったり。統一性のない袋に店は全部違うのかもしれない。
寝ていた体を起こして、その中の一つを手に取ってカメラのレンズを見る。
「なんだ、これ」
歩の顔を見たって、歩はその小さな画面越しから俺を見ているわけだから直接目が合うなんて滅多にない。
ならば最初からレンズに向けて疑似見つめ合いでもした方が救われる気持ちがある。――俺にしかわからないなら、それでいい。
「土産。どっか行ったわけじゃないけど、トモくんに似合うと思うぞ」
「……」
さっきから気になるトモくん呼び名。
最近新しいビデオカメラにしたものも持ってるからなぁ……どんなタイミングでヤるんだ?
嫌でしかたがなかったハメ撮りというもの。
百歩譲って、歩となら……と、考えた事があった。
だからこそあの告白で飲み込んだ条件だったのに、似合わず興奮状態に陥ってた俺は――誰かと一度ヤれば木下 歩と付き合える――と解釈して、ああなったんだ。
一人目だろうが二人目だろうが、三人目の相手も四人目も、全部が全部、歩といたくて、シテいたことだ。
その始まりの合図が、トモくんなわけで……カメラも用意されていたら俺の頭の中では瞬時に“ハメ撮り”なんて言葉に結び付く。
警戒は、しているつもりだ。けどこれは、いったいなんだろうな?
そう思いながら茶袋へ手を伸ばし、開けてみる。
「やっぱり不良くんだからさ、こういうのって必要じゃん?」
「……」
中身は、チェーンのネックレス。
「アレって全部、元カレさんの物だったみたいだし?なにも付けてないのに強面とか、不良を通り越すぞー?」
ははっ、という笑い声。
正直、下品な笑い方だと俺は思う。周りの普通である笑いよりもニヤニヤしてて企む表情を浮かべながら、笑っているから。
「だから俺なりに選んで買ったから、付けといて。嫌なのがあれば言ってくれてもかまわないよ。トモくんのチンコにでも飾るから」
「意味わかんねぇよっ……」
「ぶッ、はははっ!」
元気に高笑いをする歩。ふざけた態度も恐る恐る、今度はレンズじゃなくて歩自身に目を向けた。
どれだけの事をしても大丈夫だと思われてるらしい言動だが、それは間違っていないからなかなか言い返せない。
ハメ撮りを嫌がればきっと歩は俺に興味をなくなるかもしれない。ハメ撮りというもので繋がれてる可能性が大きい今、こいつが言ってくれた『好き』も本当なのか嘘なのかもわからなくなるんだ。
本当なんだろうけど。
「……」
「んー、それは俺とお揃い!」
次に開けたのは黒ストライプの袋。
中身は指輪だったが、シルバーリングとかそういうのではなく飾りとしての、少しゴツめである指輪。小指ものか?
カメラの目の前に手を出す歩の小指には確かに俺が持ってる指輪と同じものだった。
「サイズはピッタリなはずだぜー」
言われて試しにハメてみた。
おお、本当だ、すげえ。
「じゃらじゃらとブレスレットも付けた方が不良っぽく見える。それが俺のイメージ不良総受け!」
「……」
「あれぇ、無視?」
最後に白袋を開けてみれば黒の玉が強調されたもの。
もう一度、歩の顔を見れば自信満々な表情で不良というイメージを語ってて、どう反応をすればいいかわからなくなってきた。
とくに最後の、不良総受けというものに。
「また、なんで急に……」
外した視線に、目が戻る場所は買ってくれたらしいアクセサリーもの。
俺に買ってくれたみたいだから、素直に嬉しい。……だが、これにはどうも裏がありそうで、喜びの言葉よりも疑いの言葉が出てしまう。
まあ、でも、歩だから、気にはしないんだろうけど。
「ほら、言っただろ。不良くんだから、必要って」
「俺には理解が――「元カレさんから貰った時は結構、喜んだみたいだな」
「……は?」
突然、目が合う。
レンズでとか、画面越しでとか、そういうのじゃなくて、本物の歩の目と、俺の目が合う。
どういうことだ。なんでアイツが出てくるんだよ。
思い出す昔の記憶は確かに喜んでた俺だ。
でもその喜びなんてものは、今思うこういった喜びとは違う。
例えづらいものだが、アイツから貰った時は――夕飯に好きなおかずを貰った時――の喜び。
歩のは、ほんと、もう、
「つか、なんで愁哉の話になるんだよ」
「……べっつにー。んじゃ、それあげるから。――友樹が気に入ればの話だけど」
そう言った歩はすぐさま小さな画面に目をやり、撮られている俺に話しかける。
その微笑みすらも、悪を感じる……はず、なんだが……。
「俺、風呂に入るから。友樹はご自由に」
「あ、待て、」
なんだか違和感に気付いてカメラを持ったままの歩の腕を掴んだ。
「どうした?」
蔑んだような目から、
「いや、アイツに、会ったとか……ないよな?」
「……っ」
逸らされて、確信。
妬いてくれたのかも。
そんな気持ちに――あの歩が――という気持ちに、俺はまたさらに嬉しくなり、それが表情に出ていたかなんてわからないが、とにかく嬉しくて照れもあるような気持ちがあらわれて、自信がつく。
「おれ、すっげぇ嬉しいと思ってるから……アイツの時よりも数倍」
「全っっっ然そういう風には見えねぇけど?」
「……」
どうしたもんか。ちゃんとした気持ちが伝わらねぇな……。唯一の救いは、掴んだ手を払わずにいてくれてるところだ。
言葉がダメなら行動か?
でもどんな行動を取れば信じてもらえるのかがわからねぇよ。ちょっとでも歩の気持ちを疑った罰か――。
「わり……でも、嬉しかった……」
もう聞こえてるのかわからないような声。
こんな事になるならまだ“ハメ撮りをヤっていた方がマシ”だったかもしれない。
そこまでして、俺は歩が好きなわけで。
「歩と、一緒の物もあって……」
「……」
「な、んか、それっぽい感じもあって、すげぇ浮かれそー……」
もちろん浮かれてもいい状況なはずだ。
泣きそうな声してんじゃねぇよ、俺。ウザがられたら元も子もねぇぞ。情けない。
落ちてきそうになる涙を必死に堪えて俯いてると、
「ぶっはっはっははははっ!あー!めっちゃトモくん可愛いなおい!」
「……ッ」
「おれ不良くんが泣きそうになる顔すげぇ好きっ……!とくにトモくんなんて最高の他になにがあると思う?最上級?あっははは!」
グイッとくるカメラについ身を引いた。
ベッドに座っていた俺の膝の上に跨っては額と額をくっつけた近距離過ぎる顔。
それでも俺の目にいっぱい、ゲスい笑顔を浮かべる歩――いつも通りの歩。
「潤んでるなァ?泣きそう?泣いてもいいけど?あ、鳴くのもイイな?このあと一緒に風呂でも入っちゃう?」
息がかかる。
その息がかかって、ちゅっと触れる程度のキスを落としてくる。
カメラは真横に、空いてる手は後ろの髪を撫でられてくすぐったい。ハメてある小指の指輪がうなじに当たるたびに、冷てぇの。
「どんな展開望んでいた?俺が嫉妬してトモくんが嬉しがる感じ?そんなのもう邪道だね!王道過ぎて砂糖が出る!……けど、嫉妬かぁ……くはっ、嫉妬はいつでもしてるっつーの!あーあ……」
――あの日に言った、ピアスの時点で気が付けよ――
「あゆ、む……」
「よ、っと、」
ガッ、と離れた歩。
俺の膝の上に座っていたのも立ち上がり、少し離れた場所でまたもやニヤニヤしながらカメラの画面に目をやっては『トモくーん、』なんて言う。
戻った。
「年齢と好きな食べ物と、貰って一番嬉しかったものはなにかなぁ?」
ここまで裏切られても、さらに歩を好きになってる俺は、どうしたらいいのか本当にわからねぇや――。
【たぶん、絶対、惚れてるから負け*END】
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