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第3話
次の日も……その次の日も大久保君の姿はなかった。
ライフスタイルが変わって、シフトを変更したのか、辞めたのか。
バイト……だったもんな。
いつまでもいるとは限らないか。
心を吹き抜けていく風は……大きな穴を開け去っていく。
最近のコンビニ惣菜は旨いな……と思っていた惣菜も味気無いものに戻っていった。
俺の帰宅時間もまばらになった。
・・・・・
「すみません!ちょっと……ちょっと待って下さい!!」
そして何日かが過ぎたいつもの帰り道、コンビニに入ろうとした時、声を掛けられた。
慌てて煙草を消して此方に向かってくるのは……。
「大久保君?」
「え!?何で俺の名前!?」
「名札を見てたから」
「あ……そうか、そうでしたね」
恥ずかしそうに頭をかく大久保君は少し逡巡したのち、決意したように顔を上げた。
「……俺……俺!ここのコンビニ辞めて、就職が決まったんです!!」
「へ……あぁ……そうなんだ。おめでとう。頑張ってね」
そうだったのか……気の利いた応援メッセージは思い浮かばないが、寂しくなるな……。
「あの……それで……俺のお祝いしてくれませんか?」
差し出されたレジ袋に透けているのは俺がいつも買っている缶ビール。
家飲みに誘われているのだろうか?
「……………………は?」
たっぷり10秒は固まった。
何故いきなりそうなる?
顔見知りで言葉を交わす事もあったが……。
若い子の感性がわからない。
「いや……いきなりお祝いしてくださいって言われてもな……友人ではないし」
「お願いしますっ!!鷹野さん!!」
思い切り頭を下げられたけど……何で俺の名前……。
「すみません……公共料金の支払いの時に……」
よほど怪訝な顔が表に出ていたのか、何度も頭を下げる大久保君。
成る程、個人情報と言うのは案外簡単に晒しているもんだな……俺の名前なんて大した価値も無いだろうが。
「まぁそれはいいとして……君と面識は有るにせよ、二人で飲む理由がわからないよね」
「俺……バイト始めたばっかの時……慣れなくて手間取ってた時に鷹野さん『焦らなくて良いよ』って笑いかけてくれて……」
悪いが全く記憶に無い。
「……それで?」
「……それだけです。それだけの事なんですけど……凄く嬉しかったというか……他のお客さんに早くしろよ、みたいな顔で睨まれ続けた後だったから……救われたっていうか……頑張ろうって思えたんです」
いつも元気な大久保君でも弱気になっていた事もあるんだ。
「……そうか。君の力になれたなら良かったよ」
こんな俺でも誰かの役に立ったなら僥倖だな。
「だから……もう一度、鷹野さんにエールを貰いたくて…待ってました……すみません。気持ち悪い…ですよね」
申し訳無さそうに視線を落とす大久保君。
住所だって本当は知っているだろうに、ここで待っていてくれたのか。
俺だって大久保君には温かいものを貰っていたしな……お礼ぐらいしておこうか。
「それ、無駄にしてしまって申し訳ないけど、この先の焼き鳥屋でならお祝いしてあげるよ」
「は…はいっ!!ありがとうございます!!」
顔を上げた大久保君の表情は、こちらの心まで明るくなる様な笑顔だった。
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