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第4話

「じゃあ大久保君の新しい門出に…」 グラスを持ち上げぶつけ合った。 「ありがとうございます」 大久保君もあまり飲み慣れてはいないのか一口飲んですぐに焼き鳥に手を伸ばした。 「それで?大久保君は何の仕事をするんだ?」 「福祉美容師です。自宅へ訪問したり老人ホームや病院を回ってカットするの仕事です」 「大久保君なら都心の美容院に行けば人気出るんじゃないか?」 見た目でカットの技術が変わる事はないだろうが、見目の良い大久保君ならファンが…固定客が付きそうだ。 「祖母が施設に入居していたんですけど……もうボケててあまり表情も少なくなってきてたのに美容師さんに髪を整えてもらうと嬉しそうに笑ったんです。その時から目指してました」 「へぇ〜若いのに立派なもんだね」 そんな立派な目標があったから大久保君の笑顔はキラキラしていたのか。 正面で輝く若者に自分の影が浮き彫りにされた気がして少し恥ずかしくなり、軟骨串を齧った。 「鷹野さんの事も聞かせてくれませんか?」 「俺の事?」 「人生の先輩としての経験談とか……」 「う〜ん俺は建築だからな……業界が違うし……」 先輩面して語れる程の生き方でもないしな。 「建築って建てる人ですか?設計する人ですか?」 「設計だよ。建築士……2級だけどね」 「建築士さん!!カッコいいですね!」 目をキラキラさせて鷹野君は俺の仕事内容やらを聞いて来る。 答えられる範囲で聞かれたままに答えていくが……大久保君にエールを送る為の飲みではなかったろうか? グラスを傾けながら最後の串を取る。 「本当は……辞めるの決まった時点で伝えたかったんですけど……このまま良い思い出だったなって終わらせようと思ってたんですけど……」 下を向いたままポツリ、ポツリと大久保君は言葉を溢す。 「辞めてから……後悔ばっかで……やっぱりこのままじゃ駄目だって、今日待ってました」 膝の上の握りこぶしは……震えている。 「貴方と会える事だけが楽しみでした。鷹野さん……すみません……好きです」 下を向いたままの大久保君。 弱い語尾は店内の喧騒にかき消されたが……だけど真っ直ぐな台詞。 寂しそうなおっさんをからかっているのか? いや、こんな冗談を言う子ではないと思っている……冗談なら良かったのにな。 俺の心は『好き』という言葉にこんなにも浮き上がってる。 「そうか……缶ビールと煙草と惣菜と……君の『おかえりなさい』を買う為に通ってたのか……」 つい口を衝いた言葉に大久保君が顔を上げたのが視界の端に映る。 「鷹野さん……」 「もう帰ろう……明日も仕事なんだ」 グラスに残ったビールを飲み干すと伝票を持って席を立った。 店を出ると小雨が降っていた。 「ご馳走様でした。送らせて下さい」 折り畳み傘を持った大久保君。 雨の予報は無かったのに準備の良い子だな。 「これぐらいの雨、大丈夫だよ」 「お願いします」 深々と下げられた頭を見下ろす。 正直、男同士だとか……そんな事は関係なく大久保君の真っ直ぐな言葉は嬉しかった。 だが、その言葉を素直に喜べる程、若くはないし純粋でもない。 「君の気持ちは嬉しい。だが俺は大久保君の気持ちには応えられない」 「……分かってます。それでも、ただ伝えたくて…嫌悪されなかっただけで……良かったです」 ギュッと噛み締められた唇は全然良かったという顔ではないだろ。

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