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それから段々と冷え込んで季節は進んでいく。彩りの葉がついた樹木は枯れ始め、天気予報では寒波の行方を気にしながら衣も厚くなっていく。
拓海は変わらずに卒業を目指して仕事に大学にと日々を過ごしていた。
そして休息日の日曜日、最近よちよちと歩き出した茉莉を連れて外にでた。茉莉の歩行練習を誰もいない廊下で始める。北風が吹いて寒いが茉莉はその刺激すら新鮮で楽しいようだった。
「あーあー」
「そうそう、まーちゃん上手だねぇ」
日々成長していく娘の姿を見ることだけが楽しかった。
そしてもう1つ、密かに気になることがある。だけどそれに遭遇することは稀であって、いちいち落胆はしない。だからその偶然にあうと拓海の心は跳ねた。
茉莉がよちよちと歩いているとガチャッとドアの開く音がした。そして出てきたのはド●キで売ってるようなジャージ姿の松田さんの家の智裕だった。
「こんちはー…えっと、石蕗さん?」
「こんにちは…」
(今の、こんにちは、不自然じゃないよね?)
拓海の心拍は急激に増える。そして智裕の足元に茉莉がダイブする。
「うおぉ⁉︎」
「うおほ!」
智裕の驚く声と反応に茉莉も面白がって真似をして智裕を見上げた。そしてぶつかった拍子に智裕のジャージのズボンは茉莉の涎 がべったりとついている。
「ひゃあ! ご、ごめんなさい!」
「え? いやこれ部屋着だし大丈夫っすよ」
拓海はポケットからハンカチを出して汚れた部分を慌てて拭う。
「いやいやいや! いいですよそんなのしなくてぇ」
申し訳なくなった智裕は拭われていない方の足を一歩下げた。
その下げた足を再び茉莉がダイブして「えへへ」と無邪気に笑う。
「つ、石蕗さん、ちょ、両足拘束だから! これキツイっすって!」
智裕の訳の分からない訴えで拓海はハッとして顔をあげた。すると見おろしていた智裕とバッチリ目が合った。思わず拓海は立ち上がって後ずさる。
「ご、ごめんなさい!」
「いやいや、え、えっと、お構いなく?」
「きゃあぁ!」
茉莉が急に喜んだような奇声を発して智裕は思わず目をつぶった。
拓海は急いで茉莉を抱き上げようとしたが一歩遅く、智裕が茉莉を抱えて高い高いをする。
170cmもない拓海に比べて随分と背の高い智裕の高い高いは本当に高くて茉莉ははしゃいだ。
「えっと、まつりちゃん? でしたよね?」
「あ…はい」
「可愛いですね、小さい子って」
智裕は楽しげな笑顔を拓海に向けた。拓海の顔はまた急に熱を帯びる。
(何、これ…相手は男やで…しかも相当年下の……こんなんおかしいやろ…)
24歳で子供ももうけた拓海はこの感情の正体を知っているが、どうしても理解はできない。
拓海は異性愛者で目の前にいるのは同性の高校生、どうしても認められなかった。
「ま、まーちゃん…もう寒いしお家に帰ろう」
「あー、今日は冷え込むみたいっすからね。じゃあな、茉莉ちゃん」
「きゃー!」
茉莉はなぜか智裕の頬をペシッと叩いて別れを告げた。
茉莉は本能でこの男がMだと気づいていたのかもしれない。
茉莉を受け渡す時、拓海と智裕の手が重なった。拓海はその触れた部分がまた一気に熱くなる。
どうにか今日の北風がごまかしてくれたが、もう拓海の心臓は保ちそうにない。
「あ、石蕗さん」
「ふへ?」
茉莉を拓海に受け渡した智裕は拓海を呼ぶと手を伸ばしてくる。触れたのは髪の毛。
「なんかゴミついてました」
「え、あ、うん、ありがとう…」
「いえいえ。じゃ、失礼します。茉莉ちゃんバイバーイ」
「あーい!」
そうして智裕はエレベーターの方に小走りで去っていった。拓海はその背中をまた視線で追ってしまう。とりあえず外が寒かったので家に入ることにした。
バタン
重い扉が閉まると拓海は茉莉を下ろした拍子にその場でペタンと座り込んだ。少々冷えてるはずの手のひらで自分の赤面を確認する。
(あかん…どうしよ……僕…あの人が好き、かもしれへん…)
まだ確信には至らないが、智裕の笑顔や心地の良い声が頭の中をぐるぐると巡る。
あまりの動揺なのかカタカタと小刻みな震えがしばらく止まらなかった。
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