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第4話
――お前、コーヒーなんて飲まなかったくせに。
あの雨の日の後、初めて秋青がうちを訪ねてきた日。秋青はこの前のお礼にと、数種類のインスタントコーヒーがセットになった手土産を持って現れた。
けれども、箱に入ってきちんと包装されたそれに一瞥をくれて、慶一が放った言葉は、僕はインスタントは飲まないと、冷たささえ感じるようなその一言だけだった。
開封されないままの箱を、秋青は文句も言わず謝罪の言葉さえ述べて持ち帰った。そして、次訪ねて来たときには、コーヒー豆とミルを手にしていた。
やがていつの間にか、自宅にあった安物のコーヒーメーカーは、ハンドドリップ用のドリッパーとポットに取って代わられた。キッチンの上の戸棚には、俺がおいしいと言った豆ばかり、いく種類か常時ストックされるようになった。
おいしいコーヒーの淹れ方なんて、教えた覚えはない。好みの味や香り、豆の種類だって、聞かれたことも自分から話したこともない。
それなのに今、戸棚を埋め尽くすのは、コーヒー好きの慶一ですら名前も知らないコーヒー豆で、でもどれも、自分が好きなものばかりで。秋青が淹れるコーヒーが一番おいしいから、気に入りのコーヒーを出す行きつけのカフェにも行かなくなった。
そうやって、自分の習慣が、体が、心が、秋青に作り替えられて、浸食されて、そして、秋青なしではもうダメかもしれないと、そんなふうに思ってしまう瞬間が日に日に増えていくのが、慶一には情けなくて、虚しくて、悔しかった。
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