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第8話

「今思うと、すごく慶一さんらしい綺麗なタイトルだったんだ。でも俺は絵描きだから、その本が目に留まったのはきっと、背表紙まで美しい装丁に惹かれたからなんですよね」 最後のページまで読み終わった後に最初に込み上げてきた感情は、悔しいだった。はたして俺はこれほどまでに正確に、そしてまた、二つとないほど美しく、この小説の世界観を表現できるのだろうか、と。 「小説の中身がどんなにすばらしくても、それは読んでみないことにはわからない。でも俺が今やっていることは、将来したいと思っている仕事なら、 慶一さんの小説のこと知らない人たちにも、慶一さんの書いた本を目に留まらせる、手に取らせることができるんだって、そう思った」 雨が止んで、慶一の家から自宅へ帰り、次に大学へ向かうとき。肩に下げたバッグには、美術道具とともに復学願が入れられていた。 「だから、俺が今でも絵を続けられているのも、ここにこうしていられるのも、全部慶一さんのおかげなんです」 嬉しそうに笑いながら言う秋青の言葉に、慶一は言葉が詰まって、そして 「何を大げさなことを」 そんな一言しか返せなかった。 「だってどこにも偽りのない真実です」 真剣な顔で再び言葉を返されて。秋青の言葉はいつもただまっすぐで、慶一はそれ以上言葉を継げなかった。 慶一さんが書いた小説の、装丁を手掛けるのが俺の夢。 自分にはまだまだ腕も表現力も足りないけれど、必ず、あなたの紡ぐ物語に恥じない絵描きになるから、と。 そんなふうに未来を語る秋青は若くて、キラキラと輝いていて、慶一にはまぶしくて。自分という人間にも自分の書く小説にも、秋青のまっすぐな瞳を向けてもらえるような価値も資格もないのだと、そんな想いは言葉にできなかった。

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