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第2話 バースデープレゼント

ある夕方、花屋の店先。 会社帰りのパールホワイトは、スーツ姿で切り花のバラを眺めていた。 「赤、白、黄色に……あっ、ピンクと紫色もある」 花の色をつぶやき、指折り数える。 「これで5色かぁ、あと2色……」 バッグを小脇に挟んで数えるその手は、片手と指1本を折ったところで止まってしまった。 そこで彼は、エプロン姿の店員をつかまえる。 「あのう、すみません! 緑とか青とか……とにかく他の色はないですか?」 「えーと、ここにいある以外のお色ですか?」 「はい、7色集めたいんです。その……特別な人へのプレゼントで」 少し照れくさくて、視線を足下のバケツへと落としながら答えた。 パールホワイトが7色のバラを送りたい相手。 それは、今日が誕生日だというレインボーだった。 彼に極太バイブを贈られてからというもの……。 何かお礼をしようと思いながらも、今までそのタイミングをつかめずにいた。 今日が誕生日なら、それを理由に贈り物ができる。 そしてなないろの花束ならレインボーにぴったりだと、パールホワイトは考えたのだ。 渡すのにはきっと、それなりの勇気がいるけれど……。 「申し訳ございません、他のお色はないんです」 「そうですか……」 店員に謝られ、パールホワイトは肩を落とす。 「そうだ、こんなのはいかがですか? ドライフラワーですけど、レインボーローズっていって、花びらをなないろに染めたバラなんです」 そう言って店員が奥から持ってきたのは、夢のような虹色の花びらのバラだった。 「これ、これがいいです! これください!」 パールホワイトは思わず駆け寄る。 これならレインボーによく似合う。 怒ったと思ったら次の瞬間には微笑んでいる、そんな彼のイメージにぴったりだと思った。 * (ということで、プレゼントは用意してきたけど……レインボーはどこだろう?) あれから1時間後、パールホワイトはそわそわしながら基地の中を歩いていた。 今日はリンリー側の動きもなく、基地内には和やかな空気に満たされている。 「パールホワイトだ~、こんばんは!」 「あれ、今日って作戦会議の日だっけ? 招集はかかってないみたいだけど……」 なぜかちんリウムの張形を手にしている、ピンクとグリーンに廊下で出会った。 「ううん。今日はその、野暮用で」 レギュラーメンバーは普段から基地に入り浸っているが、昼間サラリーマンをしているパールホワイトは何かなければここへは来ない。 不思議そうな彼らの視線を避けるように、パールホワイトはブーケの入った紙袋を後ろに隠した。 そして2人とすれ違い、ホッとした時。 後ろからやってきたスカイブルーから声をかけられる。 「パールさん、変態値がわずかに上昇中のようです。何かありましたか?」 「えっ!? いや、なんにも!」 (プレゼントを渡しに来たからって、変な期待はしてないよ!?) 気持ちいいお返しをしてもらえるとか……まさか、そんな妄想は……。 してな……。 「……あっ、値が振り切れた!」 スカイブルーがスカウターを外し、パチパチとまばたきをした。 「ご、ごめんなさい!」 「え、ちょっと……パールさん?」 首を傾げるスカイブルーを振り切って駆けだす。 逃げるようなことはまだ何もしていないのに……。 思えばパールホワイトはここへ来た時点ですでにドキドキで、それは変態値も乱れるはずだった。 そして勢いよく角を曲がった瞬間――。 「――わっ!?」 「痛っ!!」 額に鋭い痛みが走り、パールホワイトは紙袋をかばって尻餅をつく。 「大丈夫!?」 目の前にしゃがみ込み、顔を覗き込んできたのはレインボーだった。 (わわっ! 僕、前を見てなくてレインボーに!?) 彼の額から生えている角の先が血塗られている。 「ごめん。僕のが、きみのおでこに刺さっちゃったね。いつか刺す気はしてたけど……」 いつもより近い距離で、レインボーが苦笑いを浮かべた。 「ううん、全然これくらい。そもそも、走ってきたのは僕だしね……」 (っていうか、刺すものと場所が違う~) 痛いのに、ついしょうもないことを考えてしまう自分に呆れる。 けれどそんなことより、すぐそばにあるレインボーの微笑みにドキドキしてしまった。 (あー、どうしよ! 押し倒したい! 押し倒してからどうする!? どっちもアリ!? つっこみながらも、つっこまれたい! んんっ、優先順位がむずかしい! ああしてこうしてそうして……体位が……こんがらがる! 頭の中パンクする!!) 「……えっ、パールホワイト!!?」 傷口からドロリと血が流れ出し、視界を赤く染める。 「うわ、すごい出血……今やらしーこと考えたでしょ……」 ぼやけた視界の向こうで、レインボーが眉をしかめながら距離を取った。 * 目を開けるとそこには、見覚えのある天井が広がっていた。 廊下で倒れたパールホワイトを、誰かが医務室のベッドまで運んでくれたらしい。 「目が覚めた?」 そう言って顔を覗き込んでくるのはレインボーだった。 「ケガはたいしたことないみたいだよ。せっかくのきれいな顔が台無しだけど、絆創膏貼っといたから」 「ありがとう……」 額に手を触れてみる。 レインボーの言う通り、そこには大きな絆創膏が貼られていた。 「ところで、きみが運んでくれたの?」 見回す医務室には他に誰もいない。 「普段ならこんなサービスしないんだけどね。一応、僕が刺しちゃったわけだし」 レインボーは肩をすくめてみせる。 その仕草は不本意そうにも、逆に申し訳なさそうにも見えた。 「……そうだ、それより紙袋!」 倒れた時、パールホワイトはブーケの入った紙袋を抱えていたはずだ。 慌てて上半身を起こすと、レインボーがその紙袋を引き寄せて見せた。 「これ?」 「そう、それ!」 中身は無事だろうかと思い、ベッドから袋を覗き込もうとする。 するとレインボーが紙袋に手を入れて、中のブーケを持ち上げた。 虹色のバラが、彼の胸の前で鮮やかに咲く。 「ねえ、これって……」 ブーケから視線を上げたレインボーと目が合った。 「もしかして僕に?」 「えーと……」 そうだよ、とでも言えばいいのに。 バラを抱いて微笑む彼がきれいで、続く言葉が出なかった。 「……なんだ、違うんだ」 彼がガッカリしたようにブーケを戻す。 「ち、違……! いや、違わないか」 「えっ。違う、違わないの、どっち?」 問うような視線に見つめられ、余計に焦ってしまった。 パールホワイトは口でパクパクと息をする。 「ははっ。きみ、顔が真っ赤」 レインボーがもう一度ブーケを引き寄せ、笑いだした。 「ごめん、からかった。ありがとう、これは僕にだよね? そう書いてあるから」 彼がブーケを回すとそこに『ハッピーバースデー、レインボー』と書かれた小さなカードが貼ってある。 そうだった、自分でカードをつけたのに……。 いっぱいいっぱいで、そこに考えが至らなかった。 「こんな可愛いブーケ、見たことないよ。ふふっ。きみもたまには気の利いたことするね」 はにかむように笑うレインボーの顔が近づいてきて……。 (えっ、えええ!? 今のって!?) パールホワイトはとっさに、額の絆創膏に手を触れる。 今ここに、彼の唇が触れた気がした。 (どどど、どういうこと? お礼のキス!?) 期待していたお返しとは違うけど、これはちょっと……いや、かなりうれしい。 興奮冷めやらぬまま彼を見ると、レインボーはもう普段通りの横顔でドアの方を見ていた。 「じゃあ僕は行くね。すっかり忘れてたけど、司令に呼ばれてるんだった」 「えっ、待って! レインボー」 ブーケを持った彼の手首をつかむ。 「あの」 「うん?」 「えーと……」 行かせたくないと思った。 けど、何を言ったらいいんだろう? “今、僕にキスをした?” “今のキスは何?” そんなことを聞いても、きっとはぐらかされるに決まってる。 「用があるなら早く言って」 レインボーが苛立った顔をしてみせる。 (どうしよう……) 悩んだ結果、 「誕生日おめでとう……」 パールホワイトはそれだけ言って、彼の手首を放した。 「うん、ありがとう」 レインボーは小さく微笑み去っていく。 (そうだ、バイブのお礼だって言うの忘れてた!) それに気づいた時にはもうそこに、彼の姿はなくて。 (……でもま、あれを見たら分かるよね?) ひとり残された医務室で、パールホワイトはふうっと興奮の余韻を吐き出した。 * それから――。 司令室でブラックにブーケを自慢していたレインボーが、ふいに顔をしかめる。 「何これ!? ドライフラワーのわりに重いと思ったら……」 「どうしたんだい? レインボー」 「それがブラック司令……」 バラと一緒にリボンで束ねられていたのは、純白に輝くバイブだった。 「あの変態……なんで僕にこんなもの……」 バイブを握るレインボーの右手が震える。 「可愛いサイズだね、彼のはこれくらいなのかい?」 「そんなの、僕は知るはずないじゃありませんか!」 「あれ? 君たちは仲良しさんなんじゃ……」 「ち、違いますよ! 僕はあんな……あんな尻軽は認めません!」 そう言うわりにレインボーの顔が赤いのを、ブラックは見逃さなかった。 「あれで案外、純真なんだよ。パールホワイトは」 「そんなの知りません!」 バイブを握りしめ、レインボーはプンスカ怒っている。 「何これもー、代引で送りつけたのの仕返し?」 「彼も悪意はないと思うよ? きっと想いが強すぎたんだな……」 「悪意がない方が、逆にたちが悪いです……」 「まあ、試しに使ってみたら?」 「使いませんよ! 使う訳ないでしょう!!」 そんな喧々がくがくの司令室の前を通り過ぎ、パールホワイトは満たされた気持ちで基地をあとにする。 淡い想いが届く日は、まだまだ遠かった。

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