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【アイスと写真と思春期と】ヘタノヨ コヅキ

真夏の放課後、俺達は同じクラスの新聞部部長に呼び止められていた。 「「写真を撮らせて欲しい?」」  外は快晴、うだるような暑さに騒がしいクラスメイトの喋り声……そんな中、俺と同時に声を発したのは手稲(ていね)という、クラスメイトだ。  俺……手束(てづか)と手稲は新聞部部長の言葉に、小首を傾げる。  話は、こうだ。  毎年、この高校の新聞部は長期休暇に入る前に、生徒や先生の写真を学校関係者限定で売買する。  写真の内容は、休み時間の光景だったりイベント事……体育祭や、学校祭の光景だったりと色々。生徒や教師が写真を購入し、得たお金は新聞部の部費となる。  ちなみに、予め写真を売買していいかは本人に許可を取っているので、そこらへんは問題無いらしい。  そして、今現在……俺と手稲は部費獲得の為に売買する写真のモデルとして、声を掛けられているという状況だ。 「学校一番のモテ男な手稲と、学校一番のマスコットな手束のツーショット……絶対売れると思うんだよ!」 「何だよ『学校一番のマスコットな手束』って!」 「ホラ、よく言うだろ? イケメンが可愛いマスコットを身に着けてると、ギャップにキュンとくる~みたいな!」 「俺、人間なんだけど!」  しかも、全く嬉しくない理由でのキャスティングらしい。  手稲は俺と新聞部部長のやり取りを聞きながら、肩を揺らして笑っている。  新聞部部長が言う通り、手稲はカッコいい。  ストレートな黒髪に、いつも笑みを浮かべていて優しい性格。誰かの悪口を言っているところなんて見た事無いし、逆に誰かが手稲の悪口を言っているところすら見た事が無い。  俺と背丈はそんなに変わらない筈なのに、オーラのせいなのか……全然違う人間に見える。  対して俺は、赤っぽい茶髪に手稲より大きい瞳……よく、子供っぽいだとかは言われるが、まさか『マスコット』と言われているとは思わなかった。  手稲はよく、女子にキャーキャー言われている。男友達と遊ぶ方が楽しい俺でさえ、女子の黄色い歓声を何度も聞いた事があるくらいだ。相当人気なのだろう。  まったくもって不名誉な肩書ではあるが、友人である新聞部部長の頼みを断るのも気が引ける……俺は、手稲を振り返った。 「まぁ、俺は別にいいけど……手稲は?」 「僕?」  手稲は目元を指で拭いながら、俺の問いに反応する。……いや、泣く程笑ってたのかよ。心外だぜ。  手稲はほんの少し考えるような素振りをするが、すぐにいつもの笑みを浮かべる。 「僕も、全然いいよ。褒められて悪い気はしないしね」 「出た~! イケメンの余裕~! ど~せ俺は引き立て役のマスコットですよ~!」 「ちょっと、それやめてよ……ふふっ、ツボなんだから……っ」  大袈裟に肩をすくめてみせると、手稲がまた肩を揺らして笑う。俺達のやり取りを見て、新聞部部長も笑っていた。 「ははっ! じゃあ、決定って事で! 二人共、バスで帰るんでしょ?」  問い掛けに、俺と手稲が頷く。 「じゃあ、撮影場所はバス停にしよう!」  そう言って、新聞部部長はいそいそと帰り支度を始める。  それを見て、俺と手稲も自分の席に戻った。  教室の席順は、男女別出席番号順なので、俺と手稲は前後の席で座っている。  前の席に座った手稲に、俺は後ろから声を掛けた。 「なぁなぁ。アイス、奢らせないか?」 「ふふっ、意地が悪いね」  「賛成だけど」と付け足してから振り返った手稲に、親指を立てて答える。 「俺、ソーダ味にするわ」 「僕はミルク味にしようかな」 「うっわ、ドスケベでやんの~」 「ふふふ、酷いなぁ……」  手稲と、話した事が無いわけじゃない。  前後の席同士だし、話す機会はあった。  けど、アイスを一緒に食べるとか……放課後一緒に何かをするのは、初めてかもしれない。  学校一のモテ男、手稲とツーショットで写真を撮った……明日、友達と話すネタにしよう。  俺はそう思い、ニヤニヤしながら鞄を手に取った。 「そんなにアイス楽しみなの?」  ニヤついている俺を見て、隣に並んだ手稲が笑みを浮かべたまま訊ねる。 「どっちかって言うと、明日かな~」 「明日?」 「お前は分かんなくてい~の!」  帰り支度の終わった新聞部部長に近付くと、手稲と同じように不思議そうな顔をされたけど、あえてスルー。  俺達三人は、バス停に向かって歩き出した。  宣言通り、アイスを奢ってもらった俺と手稲は予想外の事態に愕然としている真っ最中だ。 「「手を繋ぐ?」」  いや、ホント俺達仲良しかよってくらい、息ピッタリに同じ事を口にしている。  新聞部部長はカメラを手に持ちながら、鼻息荒く何度も頷く。 「そう、手を繋ぐ! 女子ってそういうの好きじゃん? えっと、ボーイズラブ? 的なやつ!」 「何て事実無根な仕込み……」  女子を狙ったキャスティングだとは思っていたが、そんなところまで……俺はソーダ味のアイスを食べながら、隣に立つ手稲を見た。  ミルク味のアイスを食べながら、手稲も同じ事を考えていたのか……目が合う。  別に、手を繋ぐくらいなんて事ない。そんなもの、ギュッとしてパシャっと撮れば終わりだし、失うものは何もないのだから。  ただ、なぁ……相手が問題だ。 「俺、ファンの子から刺されない?」  いくら女子がボーイズラブ? とか何とかを好きでも、ショックじゃないのか。  好きな男が、自分以外の誰かと手を繋いでいる写真なんて……欲しがるとは思えない。  素朴な疑問を口にすると、手稲が笑った。 「僕を何だと思ってるのっ」 「むしろ、自分を何だと思ってるんだよ?」 「普通の高校生だよ」  いや、まぁ……そうなんだけどさ。  新聞部部長を振り返ると、こっちはこっちで親指を立てている。 「大丈夫! そのあたりもきちんと踏まえたからこその、手束だから!」  完全に、扱いが犬とか猫のそれだ。  イケメンの手稲相手にじゃれつく、ペットみたいな感覚じゃないか。  しかし、手稲自身が嫌がっていないのだから、ここは従うのがいいんだろう。アイス、買ってもらったし。 「……よし、分かった! 俺も男だ、腹をくくる!」  バス停の近くにある茶色い柵を見付けて、俺は座った。 「手稲、手稲! 隣座れよ!」 「柵に座るの? 汚れない?」 「ケツくらいいくらでも叩いてやるから、ホラ!」  ずっと外にある柵に腰掛けるのは抵抗があるようだが、俺は無理矢理手稲を呼ぶ。  渋々といった様子で手稲が座ると、伸ばされた右手に、俺は左手を重ねた。 「意外と乗り気?」  突然重ねられた手に驚きもせず、手稲は笑みを浮かべる。  そんな笑みを見ていると……妙に、心臓の辺りがモヤモヤしてきた。  ……モヤモヤ? ソワソワ? 何か、こう、くすぐったい感じ。  俺は手稲から視線を外して、カメラを持った新聞部部長に目線を向ける。 「ホラ! これでいいだろ!」 「お~いいねいいね!」  カメラを向けられて、手稲がアイスを持ちながら笑う。  俺は何となく気恥ずかしくて、アイスを口に運びつつ、カメラを見る。  カシャカシャと数回シャッター音が聞こえたかと思うと、新聞部部長がカメラを確認しだす。 「うん、オッケー! 問題無し!」  そう言った新聞部部長は、すぐさまカメラを持ち直して帰り支度を始める。 「え、帰んの?」 「早くデータをパソコンに移したいから!」 「忙しないなぁ……」  片手を上げて、新聞部部長が俺と手稲から離れた。  突然二人きりになり、妙な沈黙が俺達の間に走る。  そこでふと、手稲の手に自分の手を重ねたままだったと、気付く。 「わ、悪い!」 「え?」  手稲は気にした様子も無く、目を丸くする。  手を繋ごうが何だろうが、意識する事でもないだろう。男同士なんだから。  バスが来るまで、まだ時間がある。お互いバス通学なのは知っているし、ここで下手に別れるのは変だ。  会話を探そうと、視線を彷徨わせる。 「な……夏だなぁ」 「ふふっ……急に何?」 「いや、ほら? 緑の匂い~……みたいな」 「何それ?」  沈黙が気まずくて、変な話題をチョイスしてしまった。  バス停の近くには、緑が生い茂っている。それが目に入ったから口にしてみたが、話題としてはイマイチ……と言うよりも、無しだろう。  しかし、手稲は話題に乗っかった。 「天気が良くて、草木の匂いがして……これって、夏の匂いって言うのかな?」 「夏の匂いって……手稲は詩人だな」 「褒めてる?」  笑った後、手稲はミルク味のアイスを舐める。  ――何故か、その光景が妙にエロく感じた。 (いや、思春期か!)  女子がアイスの棒を舐めたり咥えたりしてエロさを感じるならまだしも、相手は男だぞ。しかも、女子からの人気ナンバーワンの超イケメンだ。  そんなゴリゴリの男がアイスを舐めてエロいなんて……暑さでやられてるのか、俺は!  ソーダ味のアイスを一気に食べ進めて、体を冷ます。手稲はそんな俺を、不思議そうに見つめた。 「顔赤いけど、どうかした?」 「気のせいじゃん! うん、気のせい!」  ダメだ、顔が見れない。  手稲がミルク味のアイスを食べているところを見て、思春期男子のように意識しているなんて、言えるわけないだろ。いや、思春期男子なのは否定しないけども。  だが、手稲は妙にしつこく俺を見つめる。 「手束?」 「っ!」 「さっきまで普通に喋ってたでしょ? どうかした?」  そう言って、手稲はアイスを舐めた。  俺は食べ終わったアイスの棒で、手稲をビシッと指す。 「な、何か変なフェロモン出てるぞ!」 「え?」  腰掛けていた柵から立ち上がった俺を見上げて、手稲は目を丸くする。 「ミルク味のアイス舐めるなんて、ドスケベでやんの!」  学校で口にした言葉を、もう一度言ってみた。さっきも言ったんだから、何も変な意味に捉えられないだろうという、我ながら浅はかな考えだ。  手稲は自分が持っているアイスを見て、俺に視線を向ける。 「……こう?」  手稲は口角を上げて、わざとらしくアイスを舐めた。  下から、上へ……ゆっくりと舐めて、口に咥える。  その姿は……ヤッパリ、エロい。 「いや、手稲……それ、はっ」  完全に、狙ってやっている食べ方だ。  だというのに、視線を逸らせない。  手稲が色っぽくアイスを食べ終える様を、俺はマジマジと見つめ続ける。  アイスを食べ終えた手稲は、意地悪く笑っていた。 「手束って、本当に……可愛い」 「はぁ?! な、何言って――」 「顔赤いし、視線も露骨……分かりやすい」  何だか、手稲の様子が変だ。  手稲は立ち上がって俺に近付くと、俺の手を掴む。  そしてそのまま、訳も分からず引き寄せられた。 「ぅわッ!」  抵抗する間も無く引き寄せられ、手稲の広い胸板にスッポリと収まる。  頭上から、手稲の声が聞こえた。 「新聞部に、僕ら二人の写真なら売れるんじゃないかって唆したのは、僕だよ」 「え――」 「夏休み前の、いい思い出になったね」  顔を上げると、手稲の笑顔が視界に入り込む。  ――手稲が、俺と写真を撮りたがったって事か? 何で?  たぶん俺の顔に『何で』とでも書いてあったのだろう。手稲が、俺の疑問に答える。 「長期休暇の前に、手束と関わるきっかけが欲しくてね……無理言っちゃった」 「な、何で、そんな事――」 「好きだから」  衝撃的な言葉が、手稲の口から囁かれた。  それはどう聞いたって……愛の、告白のようだ。 「あ……もう、バス来ちゃうね」  手稲は俺を解放して、地面に置いていた鞄を手に取る。  俺の鞄も拾ってくれた手稲は、俺に鞄を差し出した。 「え、あ……あり、がと……?」  鞄を受け取ると、手稲が俺の耳元で囁く。 「返事……終業式の時に、聴かせてね」  バス停にバスが停まり、手稲がすぐさま乗り込もうとする。 「答えは『はい』か『イエス』……約束だよ」  そう言い放った手稲は、女子が黄色い歓声を上げるような……見事な、笑みだった。  俺は茫然とその場に立ち尽くしていたが、バスの運転手に不思議そうな目で見られ、ハッとする。  慌ててバスに乗り込み、手稲とは離れた席に座った。 (『はい』か『イエス』……か)  俺の混乱なんてお構いなしに、バスは進む。  バスの窓から風景を眺めて……俺は、心の中でツッコんだ。 (一択じゃねーかッ!)  とんでもない男に、目を付けられたらしい……俺は脱力しながら、学校一のイケメンを頭の中で思い描いた。

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