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【marble】結月みゆ

夏の海は嫌い。 潮の匂い、波の音、水平線まで広がる青。 全てがあの一瞬で嫌いになった―――― ** 幼稚園の頃から高二の今までずっと一緒だった朝日奈 大志(あさひな たいし)を意識し始め、これが恋だと気付いたのが大志が転校する前日。転校の知らせを聞かされたのも自分の気持ちに気付いたのも急だった。 夏の匂いがする夕暮れ時の海で、砂を踏みつけながら歩いたあの感触。 そして、触れられた唇の柔らかさと温かさ…… 「なんで……」 「なんで……だろうな。だけど、夏希(なつき)の気持ちには応えられない……ごめん」 ずっと好きだったと告げた後に一度だけされたキス。 なのに、返ってきた答えはNOで俺の頭の中は一瞬にして真っ白になった。 ** 高校二年の今日まで特になんの取り柄もないまま、なんとなく適当に生きてきた俺と違って、明るくてイケメンで誰からも人気がある大志は俺の自慢の友達だった。 ただ一つ問題があるとすれば、ちょっと軽いところ。たまに、本気か冗談かわからなくなるような時があったりで、そんな大志に振り回されっぱなしな俺だけど、いざという時は強くて優しいからやっぱり頼りにしてしまう。 生れつき色素が薄く髪が茶色い俺は、よくそのことでちょっかいをだされ、その度に守ってくれたのも大志だ。 『夏希のことは俺が絶対守るから……約束する』 事ある毎にそうよく口にしてたっけ。 そんな、ちょっと軽いけど王子様みたいな存在がいつも近くにいたら、そりゃ好きになるのは自然な流れだろう。 そしていつの頃からか、守られている感覚にアイツも俺のことが好きなんじゃないか……そんな妙な自信を抱いたものの、俺に突き付けられた現実はとても残酷だった。 親の急な転勤で海外に行くと告げられ、ならば……と告白したのにフラれるとか…… 「ムカつく……」 「は?」 「いや、なんでもないよ」 そんな昨日のことを思い出しながらホームルーム後の教室で帰る準備をしていると、隣の席の佐倉(さくら)が声をかけてきた。 「日高(ひだか)ってさ、時々心の声、口に出してるぞ。気をつけた方がいいと思う」 「マジで?!」 「あぁ。だからさ、昨日フラれたんだなぁて」 「げ……それも……」 「あぁ、ブツブツ聞こえてきたな」 うわ、最悪…… でも、相手まではさすがに言ってない……よな。 「お前ってさ、そこそこイケメンなのに告白断る女子ってどんだけ美人なんだよ」 「そこそこってなんだよ」 「言葉のままだけど?それより美人なのか?」 「え?……あぁ、そりゃあ……プライドが高くてすげー美人かも……な」 「かも?」 「いや、美人だよ、美人だからお高く止まって俺の告白断ったんだ」 美人もイケメンも似たようなもんだろうと、頭の中で大志を思い浮かべながらそれらしく佐倉に説明した。 「へー。日高って結構面食いなんだな。やっぱ顔重視なわけ?」 予想外に食いついてくる佐倉を振り切るように「そうだな」と一言告げると席を立つ。 その後すんなり帰れると思った俺に、佐倉が更に俺を引き止めてきた。 「なんだよ」 「いや、なんか日高をフった美人が誰か気になっちゃってさ。俺の知ってる女子?」 なんだかめんどくさいことになってきた。 軽いノリで聞いてるだけだと思いつつも、結構しつこい性格のこいつをどうかわしたらいいか。 「あのさ、別にいいだろ誰だって」 「親友としてはさ、気になるんだよ」 おもむろに掴まれた右腕と少し低い佐倉の声に場の空気が一瞬変わった気がした。 高校一年からずっとクラスが一緒で割と仲がいい佐倉を親友と呼ぶことに違和感はないが、俺には大志が一番の親友で一番大事なのは変わらない。 「親友って……まぁ、そうだけど。でも……」 いつの間にか二人きりになっていた教室で、俺の声が小さく響く。 そして、次に聞こえてきた佐倉の声…… 「俺さ――――」 その声に気を取られた俺の視界はあっという間に反転して、気づいた時には俺の背中には机、目の前には切羽詰まった顔をした佐倉が俺を見下ろしていた。 「佐倉……?!」 「俺さ……日高のことが……好きだ……」 真顔の佐倉がそう口にすると、俺の両手を机に押し付けながら更に距離を縮める。 やめろと声に出したいのに動揺からか思うように声にならない。 なんでこんな…… 佐倉は友達でそれ以上でもそれ以下でもない。 だからそんなこと言われたって…… それに、俺はアイツが…… 大志が……好きだ。 フラれたってまだ気持ちは…… 「夏希……」 不意に耳元で囁かれた声にゾワっと鳥肌が立つ。 ヤダ……大志…… 助けて…… 「や……ッ……だ……」 「大志……か」 「え……」 「お前、また声に出してたぞ、“大志、助けって”……て」 涙目になりながら動けないままの俺に不機嫌にそう吐き捨てる。 だけど、そんな佐倉が視界に入った次の瞬間それは突然起きた。 ガラッというドアが開く大きな音。 勢いよく歩く足音が聞こえるのと同時に響いた声。 「佐倉ッ!夏希から離れろッ!!」 そして俺にのしかかる佐倉を引き離すと、俺はそいつに抱きしめられた。 その一連の流れが一瞬で、俺はただただ流されるようにされるがままで…… 「やっぱり俺がいなきゃダメだな」 聞こえてきたその一言で大志だと確信した。 「なんで朝日奈がいるんだよ、転校したはずだろ」 佐倉がおもむろに口を開く。 「約束は何があっても守らないと……って、思ってさ、だから」 佐倉の言葉に大志がそう告げると、俺を更に強く抱きしめた。 「ちょっ、大志っ……」 「あのさ、佐倉、一応言っておくとお前が知りたがってる夏希をフった美人とやらは俺だから」 「は?!じゃあ、なんで……」 「なんでフったかって?まぁ、理由はちゃんとある。けど、お前には教えてやらない。あ、あと……夏希は絶対渡さないから。さて、話は終わったし帰るぞ」 ** 「海まで走るとさすがに暑いな」 「ちょっと大志っ!」 「あ、ちょっと待ってろアイス買ってくる」 一方的に話を終わらせ、状況を飲み込めないままの佐倉を残し、大志は俺を校舎裏の海へと連れ出した。 「コーラ味とソーダ味どっちがいい?」 「おい、大志!」 「いいから早くしろよ、溶けるって」 「……じゃ、じゃあ、ソーダ」 「ほら」 「ありが、と……じゃなくて、佐倉のことどうするんだよ」 「まぁ、なんとかなるだろ。それより早く食べろ」 文句も説明もあとからと言われ、とりあえず俺たちは適当な場所に腰掛けアイスを食べ始めた。 暑さの所為でどんどんと溶けるアイスを夢中で舐めているとおもむろに手を繋がれる。 それを振りほどくこともせずにそのままでいると、その繋いだ手をグッと引き寄せ口を塞がれた。 「んッ……」 お互いにアイスが含まれたままのキス。 だから、二度目のキスはコーラとソーダが混ざった……そんな不思議な味がした。 「なぁ、いい加減教えろよ」 「何を?」 「何をって、全部だ」 「うーん……もっかいキスしたらな」 三度目のキスをしながら吐息混じりに「やっぱり好きだ」と、大志が小さく囁く声にアイスで冷やされた身体が再び熱くなる。 そして濡れたリップ音と共に離れていった大志の唇は夕日に照らされてちょっとだけ色っぽく見えた。 「……なぁ、なんでなんだよ。なんで、告白断ったくせにキスなんかして、やっぱり好きとか意味不明なんだけど」 「それ、元はと言えば夏希が悪いんだぞ」 「は?」 「お前さ、言ってたんだよ。好きな人にはいつも傍にいて欲しい、すぐに会えない距離にいないとヤダとか女みたいなこと。だから、俺は転校して遠距離でダメになるくらいならと思って断った。もちろん夏希のことは本気で好きだからこその決断だった」 そういえば、前に大志に恋愛観について聞かれた時に思ったけど、言った覚えは…… 「あ、もしかして……」 「お前、たまに心の声口にしてるからな」 「やっぱり……」 「だから、断ったけど……やっぱり夏希の傍にいたいって思って転校は止めた」 「え……そんな簡単に止められるのかよ」 「ばーちゃんちから通うって昨日あれから親説得したんだよ。それに夏希との約束もあるし」 「約束……」 「夏希のことは俺が絶対守る」 そうキッパリと言い切ると、繋いだままの手に力を込めて、「ずっと、どんなことがあっても……」と、最後に付け加えられた。 「お前……狡い」 「王子様の俺に向かって狡いってなんだよ、ちゃんと助けてやったのに」 「王子様って……」 ニヤリとした大志に、つくづく俺は馬鹿だなって思うけど、そんな毎日も楽しい。 そんなことを思いながら、大志の後ろに広がる真っ青な海を見つめながら俺は目を細めた。 それは、嫌いになりかけた海が再び好きになった瞬間だった―――― END 感想はこちらまで→ 結月 みゆ(@miyu19790244)

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