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第4話
生活が始まった。
が、何をすれば良いのだろう。
「栄彦さん、あの……」
私が話しかけると、栄彦さんはニコッと笑いかける。
「何だい? 恩恵くん」
「…………」
「ん? めぐみ、だろ? 別の読み方があったのかな。ふりがなが、めぐみだったから、そうかな? と思ったんだが」
「合ってます。ただ、その……」
そんな優しく名前を呼ばれたのは、母親以外で初めてだった。
「私に優しくしてくれる年上の人は、母親しかいなかった。だから、その、嬉しくて」
「…………恩恵くん、おいで」
「?」
何だろう。
私は、疑問に思いながら、栄彦さんの傍に行く。
すると、ぎゅっと優しく抱きしめられた。
「え……?」
驚く私に、彼は「頑張ったね」と言う。
「君は偉い。きっと、これまでたくさん頑張ってきたんだろう。褒めてくれたのは、母親だけ。その母親と離れ離れになって、悲しかったし、辛かっただろう。表情に、あまり出なくても、何となくわかる」
「………………」
「君は、充分頑張った。ここにいる間くらいは、頑張らなくて良い。たくさん甘えなさい。たくさんわがままを言いなさい。子供一人のわがままを聞けないほど、余裕のない家ではないから」
栄彦さんの言葉が、胸の奥に突き刺さる。
何かが込み上げて、私は涙が出てきた。
嗚咽する私に、栄彦さんは優しく頭を撫でながら言う。
「たくさん泣きなさい。我慢しなくて良い」
その言葉を聞いて、私は子供らしく泣いた。
こんなに泣いたのは、いつぶりだったか。
弟が生まれてからは、兄としてしっかりしないといけなくて。
長男として、あの家を継ぐために弱味は見せなかった。
見せてはいけなかった。
――ああ、そうだ。
私はずっと言ってほしかった。
頑張ったね、と。
我慢しなくて良い、と。
優しく撫でて、名前を呼んでほしかった。
私はずっと――
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