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第5話

いつのまに用意してくれたのかわからない、僕の足のサイズにぴったりあったブーツで、真新しい雪の上に足跡をつけていく。 真っ白な銀世界に太陽の光が乱反射して、目がちかちかする。 濃い緑にサラサラとした白い雪で、木々は粉砂糖をまぶされたよう。 久しぶりの外でブーツで雪だから、頻繁によろける僕は、繋いだ彼の手に助けられている。 階段を降りて少し歩いて振り向くと、自分が生活していた家はこんな建物だったのかと初めてわかり、すなおに感心した。 緑色の外壁に、赤い屋根の三階建ての建物。僕とアシュリーが生活しているのは、そのうちの二階と三階らしい。 周りには本当に何もない。街から外れた空間。 五分ほど歩くと、商店街についた。 辺りはカップルや家族連れで賑わっていて、クリスマスツリーやクリスマスの飾りがそこら中に散らばっている。 「もう直ぐクリスマスだから、景色が賑やかだね。テオ、離れないように注意してて。」 「大丈夫。」 そう答えるけど、実は、ここで手が離れて迷子になったら、と怖い。 それで見つからなかったら、きっと僕はその辺で凍え死んでしまうだろうし、見つかったとしてもアシュリーにはすごく迷惑をかけてしまう。 だから手をより強く握って、離れないようにする。 なんとなく、街を歩く人の視線がアシュリーに向いていることがわかる。 ねえねえあの人かっこいい、という声もちらほら聞こえてきた。 そして全くそれを気にせず歩いている彼には、もう恋人がいるのだろうか。 いる方が自然だから、いても驚かないけれど。そしてそれを考えると胸がちくりとする僕は、わがままなことに彼を独り占めしたいのだろう。 「テオは何が欲しい?」 いきなり聞かれて言葉に詰まる。 なんのことだろう。 欲しいものなんて全て与えられているし、まずその質問の意味がわからない。こんなに大切にしてもらえて、これ以上のものなんてあるのだろうか。 「欲しいものは全部持ってる。何もいらない。」 そう答えると、アシュリーは少し残念そうな顔をして笑う。 「今日はクリスマスプレゼントを買いに来たんだ。去年も一昨年も渡してなかったことに気づいて。テオが欲しいものが見つかるまで、色々回ろう。」 「クリスマスプレゼントって?」 聞いたことがなかったので聞き返す。もちろんクリスマスは知っている。確かイエスキリストの誕生日で、まちがやたらと賑わう日。 「え、、、っと、クリスマスには、大切な人にプレゼントを送るんだよ。」 そう言う習慣があったのか。 行事など楽しむ機会はなかったから、知らなかった。 でもアシュリーの驚き様からすると、知らない方がおかしいのか。 となると、むしろ僕が渡すべきものではないのか。 「初めて聞いた。でも、一緒に出かけられて嬉しい。」 知っていたと嘘をつく必要もないが、初めて聞いたことだけを言ったら気まずくなるかもしれないから。 そう思って同時に感謝の気持ちも伝える。出かけると言うより、アシュリーと一緒に居られることが幸せだ。 じゃあテオの初めてのクリスマスプレゼントだ、と喜ぶ彼を横目に、自分は何か贈れないかと考えた。 お金を稼いではいないから、買うものではダメだ。せめて手作りの何か。 お菓子はよく作っているし、一緒にお茶もするからありきたりだ。他に何か、、、 そう言えば、学校で編み物をしたことがある。 家ではそんなことはできなかったけれど、習った後しばらく学校でもらった毛糸を使って、マフラーを作ってはほどき、今度は手袋に、帽子に、、、と何度も棚にある本を見ながら作ったものだ。 「そう言えば欲しいものあった。」 「本当?何が欲しい?」 そんなに満面の笑みを浮かべられても、、、と思うが、さびしそうな顔が晴れたから、それは嬉しいことだと思う。 「毛糸と編み物用の針が欲しい。」 「テオ、編み物の趣味でもあったの?」 満面の笑みは、なんとも言えない表情に変わった。なぜ編み物?と思っているのだろうか。 「昔よくしてたから、やりたくなって。」 少し嘘をついた。でも、いつもお世話になっているから、驚かせたい気持ちがある。 「わかった。じゃあ、それも買うし、3年分だから、後1つか2つ買おう。じゃあまずは手芸店に行こうね。」 「毛糸と針で終わりじゃだめなのか?」 「もっとちゃんとしたのも渡したい。」 毛糸と針じゃまだ不満足そうだ。ちゃんとしてないのか?欲しいと言ったものなのに。しかもこれ以上僕に散財させるわけには、、、というか、恋人にこそそういうものはお金をかけるべきじゃないのか。 繋いだ手を見ながら思う。この手に愛される恋人は、どんなに幸せな人だろう。いつまで僕は彼といれるんだろう。 「ついたよ。」 ドアをくぐると、一気に暖かさに包まれた。 中には店が2つ連なっていて、宝石のアクセサリーの店が左側に、右側にキルティングや編み物などの用品が置いてある、手芸屋がある。 「あらあら、寒かったでしょう。いらっしゃい。何かお探しですか?」 店員さんが話しかけてくる。初老のおばあさんで、にこにこととても優しそうな人だ。 「毛糸と編み針をいただけますか?」 「もちろんですよ。針はどのタイプがいいかしら?毛糸は温かくて質感の良い、とても上等なのが入っているのよ。編み物はこっちよ。ゆっくり見ていってね。」 そういうと、寒いからお茶を淹れてくるわねと、彼女は店の奥に入っていった。 「テオ、どれが良い?」 針は二本使うものしか使えない。毛糸は温かみを帯びた色か、白がいい。でも、アシュリーに似合うのは黒だろうか。でも、それより、、、 「値段が書いていない。これではわからない。」 そういうとクスッと笑われた。まるで道に迷ってる子供を見たかのような笑い方。 「値段は気にしちゃだめ。欲しいのを選びなさい。」 少し強めの口調で言われ、これ以上追求したら拗ねると言わんばかりの言い方だったのでこれ以上言うのは諦めた。 彼に似合うものだとやはり上等な毛糸で作った方が良いだろう、と一番触り心地がよくて温かそうな黒の毛糸を1玉と、白の毛糸を2玉選んだ。 その分針は一番やすそうなものを選び、店員さんが出てきたのでそれをお願いした。 「あら、もう決まったの?ああそれ!その毛糸!お目が高いわね。お茶と、少しだけどクッキーを用意したから、食べていってちょうだい。」 店員さんは嬉しそうにそう言いながら包装をしに奥へと消えていく。 店のレジの近くに置いてあるテーブルには、柑橘系の紅茶とお茶受けのクッキーが置かれていた。 クッキーは手作りだろうか?とても美味しそう。 「では、ありがたく。」 アシュリーが微笑んで椅子に着いたので、それに続く。 「おいしい。」 一口飲んで、自然と声が漏れた。 冷え切った体が中からじわじわ温まり、それとともに口の中全体にふわっと柑橘系の香りが広がる。 そして濃いめに淹れた紅茶の苦味が、クッキーを口に含むとその甘さで絶妙に中和される。 口に広がるバニラの香りは、とても幸せな香りだと思った。 「本当だ、おいしいね。テオが作るのもおいしいけど。」 アシュリーも顔を綻ばせている。少し暑くなったのか、顔が火照っている。 ふと、彼越しに隣のアクセサリー店の石が目に留まった。雲ひとつない晴天のような綺麗な薄水色で、光を乱反射して美しく輝いている。 夏の海の水面もまた、このようにきらきらと光る水色だ。 「テオ、どうかした?」 「いや、なにも。」 アシュリーの目と同じ色をしていてとても綺麗だと思った。宝石なんて興味のないものだと思っていたが、あれはとても美しい。 近くに行ってみてみたいけれど、宝石店なんて、そんな高いものしか売っていないところだから、敷居が高すぎる。 ぼーっと見ていると、気づいたらアシュリーがお金を払え終えて席を立つところだった。 いつのまにか紅茶も飲み干している。 「テオ、ちょっとそっちの宝石店も見て行きたいんだけど、付き合ってくれる?」 「あ、ああ。 あ、お茶、ありがとうございました。」 「いえいえ。また来てね。」 席を立ち、言われるままに、宝石店に向かう。恋人へのプレゼントだろうか。やはり彼には素敵な相手がいるのだろう。

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