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第12話
「そんなかおするの、珍しいね。気に入ってもらえた?」
愛おしそうに目を細められて、不覚にもドキッとしてしまう。
無表情で殴ってもつまらないと言われ続けてきたが、気に入ったという表情を作れたのかと思うと嬉しかった。
彼と過ごしてきたから表情が少しは豊かになったのだろうか。
「うん。すごく。ありがとう。それで、」
「どうした?」
「僕もつけたいから、その、
…怖いからアシュリーがあけてくれる?」
アシュリーがしてくれたように、自分もそれを身に付けたいと思った。
ピアスなら外すこともないだろうから、失くさないだろうし。
鏡を見たらアシュリーがいなくても彼の瞳がこちらを見ているように感じるかもしれない。
自分で自分の耳に穴をあけるのがこわい、なんて子供っぽいかもしれない。
でも、アシュリーにあけてもらう方が、自分でするよりもずっと怖くない気がした。
「じゃあ、体洗った後でね。とりあえずケーキを食べてしまおう。」
「ありがとう。」
少し驚いたように見えたが、あっさりと許可してくれた。痛いはずなのに、このピアスをアシュリーにつけてもらえるのが楽しみだと思ってしまう。
「一応確認だけど、本当にいいんだね?痛いし、一度あけたらピアスはなかなか外せないよ。」
アシュリーが裁縫で使うより太めの針とピアスを消毒しながら聞いてくる。
針を持っている姿がとても様になっていて、その消毒を慣れた感じで真剣に行っているところになるほど医師っぽいな、となんとなく思った。ただの偏見かもしれないけれど。
そしてなぜかその仕草がなんというか色っぽい。
「テオ、聞いてる?」
ぼーっと見惚れてしまって、返事を忘れていたことに気付きハッとする。
「問題ない。ずっとつけていたい。」
「わかった。じゃあ、じっとしててね。」
針とピアスを持ったアシュリーが近づいてきて、真剣な眼差しで僕の耳を掴む。少しくすぐったくてピクッと動くと、動かないでといつもよりトーンの低い声で囁かれた。
彼の顔も近くてただでさえ緊張しているのに、その声を聞いて顔が熱くなるのを感じた。それを知られたくなくて、動かないように体を硬直させる。
針を持っている手が近づいてくることより、真剣な彼の表情の方に目がいってしまう。
綺麗で美しく、そして格好いい。そんなことを考えているうちに心臓の鼓動が止まらなくなってしまった。
「テオ、そんなに見つめられると照れる。」
全く照れていないような表情だが、気づかれていたかと急に恥ずかしくなる。
その瞬間に耳たぶの一点に痛みが一瞬だけ走った。そして彼が手早く針とピアスを持ち替えてピアスが入れられた。
とはいえ針が入れられた時は見とれているのに気付かれて恥ずかしい、という気持ちで混乱していたため、意外なくらいあっさりと終わったように感じていた。
「ひとつ終わったよ。もう1つは今度にする?」
後からじわじわくる痛みにじっと耐えていると、アシュリーはそれに気づいたのか、そう聞いてきた。
「こ、今度で。」
「わかった。じゃあ今日は、お休みなさい。」
優しく頭を撫でられて、そのあともう一度真剣な目で大丈夫だね?と耳を確認された。
そして彼に離された途端におやすみなさい、と一言だけ言って不自然なくらいいそいそと部屋を出た。
「はぁーーーーーっ。」
ゆっくりと部屋へと戻ると、深くため息をついた。なんだかとてもドキドキする。
もう1つの耳を今度にするといった理由は、どちらかといえば痛みではなくこのドキドキの方にある。
あんなに真剣な表情で、あんなに近くて、こちらの耳をじっと見つめて針を刺す姿を見て、心臓が飛び出そうだった。
いつも抱きしめられた時などにドキドキしているが、その比ではなかった。
特にあの低い声。あの声で次囁かれたら死んでしまうのではないかと思う。緊張、とは違う、辛さ、とも違う…トキメキ…?のようなドキドキで心臓がもたない。
それでも、鏡を見て自分の耳にあの綺麗な宝石が煌めいているのをみると、顔がにやけてしまった。なんだかこの顔は気持ち悪い気がする。
自分にはもったいないようなプレゼントだけれど、彼の瞳に似たこの宝石が自分の一部になっている、というだけでこの上ない幸福を感じた。あの綺麗な、僕を救ってくれた大好きな人の瞳。
ベッドの上に寝そべり目を瞑るとまたあのアシュリーの真剣な表情がフラッシュバックしてきた。
もうダメだと思いながら残りの毛糸で自分の長い髪をまとめるための髪留めを無心で編み始める。
手袋は似合っていたけど、指がとても長くて綺麗だからそれが隠れちゃうのはもったいないな。
そんなことを思っては、また変な方向に考えてしまい、最近の自分はなんだかおかしいと思った。
頭の中でぐるぐると考えの巡る忙しく夜はまだ終わらない。
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