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第14話

ついた先は、木造の大きめの一軒家だった。アシュリーがトントンとドアを叩くと、恰幅の良い女性が出てくる。 彼女からはパンの焼ける匂いがして、その優しそうな笑顔とアシュリーが一緒にいてくれることのお陰で恐怖で硬直したのはほんの一瞬だった。 「あらあら、その子がテオ?かわいらしいわねぇー。あの面食いのノアが褒めてただけあるわね。さ、二人ともよく来たわね。入って入って。」 ノアが褒めてた?褒める理由はよくわからないが、その言葉からノアもこの人の知り合いなんだわとわかる。しかも、僕のこともアシュリーが話したのか知っている。 「テオ、この人はアメリアさん。俺の育ての母で、昨日のパイを作ってくれた人。」 入るように促され、靴についた雪を落として中へ入る。外から見るとだいぶ築年数が経った家だったが、中に入ると外見からは想像できないほどに綺麗にされている。 一面木に囲まれた広いリビングは、その木の色の暖かさのせいかとても落ち着ける空間で、木の香りと焼きたてのお菓子やパンの香りがフワッと鼻をかすめていった。 そしてリビングとダイニングの真ん中には大きなクリスマスツリー。 「初めまして、よろしくお願いします。」 アメリアさんに向き直って挨拶をすると、寒かったでしょうと暖炉の近くに案内された。 「お、テオ、3日ぶり!」 中にはノアがいて、相変わらず何もかも適当な遊び人の大人っぽいなりをしている。 ソファーに座ってくつろいでいる姿は、まるでこの家の子供のようだ。いや、もしかしたらアシュリーの義弟なのかもしれない。 「久しぶりです。ノアさん」 「さんなんてつけなくていいよ。それよりその服にあってるな。アシュリーさんが選んだの?」 「じゃあ、、、ノア。コートはアシュリーのです。」 「そうかそうか。アシュリーさんにも似合いそうだもんな、それ。」 頭をわしゃわしゃと撫でられて、このノリはちょっと苦手だなと思い苦笑いする。するとそれを悟ったのかにっと笑ってノアは何処かに行ってしまった。 「だぁれ?」 ふいに見知らぬ声が聞こえ、服が引っ張られた。よく通って高い、子供の声。 下を見ると、7歳くらいの小さな男の子が立っていた。 この家の子供だろうか。それにしても、可愛い顔をしている。くりっとした目に小さな唇。ふわふわの栗毛をかきあげてこっちをのぞく姿が、愛らしい。 アシュリーの美しさは人間離れしていると思うけど、ノアもたぶん横にアシュリーを並べなければかなりカッコいい部類に入るだろうし、最近会う人会う人顔立ちが整いすぎている気がする。 「テオドール、と言います。よろしくお願いします。」 精一杯微笑んだつもりだったが、むしろ顔がこわばってしまったのか、泣きそうな顔をしながらその子はアイリスさんのところへ駆けていき隠れてしまった。でも、すぐにまた戻ってくる。 「あのね、僕は、レオ ヘミングウェイっていいーます。おにーちゃん、遊んでください。」 可愛い声で言われて断る気は無いが、遊ぶって、何をすればいいんだろう。ソファーの近くでノアと何か話し込んでいるアシュリーに、目で助けを求める。 するとノアが積み木を持ってやってきた。積み木といっても小さいものではなく、本当にたくさんの部品があり、それぞれにネジを差し込む穴が開いていて、固定できるようになっている。 ネジは先が尖っておらず、木製で大きめだ。これでもしかしたら鳥の巣くらいなら作れてしまうのでは無いか、と思うくらい本格的だ。 「よし、じゃあ誰が一番立派な家を組み立てられるか、競争しよう!」 ノアがそう言うと、レオが目を輝かせて組み立て始める。チグハグな組み方だが、にこにこしながらどんどんつなぎ合わせていく姿は本当に楽しそうだ。 一方で僕は、アシュリーの事が気になっていた。ノアがこちらにきたあとは、アメリアさんと何やら話し込んでいる。 彼は目を伏せており、とても苦しそうにしていた。アメリアさんは、そんなアシュリーの肩を優しく励ますようにたたいている。 「おーい、テオお兄ちゃん、早く組み立てないとビリだぞー」 ノアに手を引かれ、違う世界に引き戻される。見るとノアはすでに小動物の住処にできるような完璧な家を半分ほど組み立てている。大人気ないことにかんっぺきな家を。 レオにじーっとみられ、組み立てようと試みるも、ネジがうまく入っていかない。意外と難しい。 「僕が手伝ってあげるー。」 テオは僕にネジのつけ方のコツを伝授しようと、自分の組み立てかけの家を放ったらかしにしてこちらをてつだっている。 アシュリーと2人も幸せだけれど、この空間には違った温かさがあると思った。いつでも暴力を受けた幼い頃自分が望んだのは、紛れもなくこういう光景だった。 今はそれ以上の幸せを知ったから、これが自分の理想かというとそうでは無いけれど。 「お昼できたわよー!」 何時間積み木で遊んでいただろうか。呼ばれた瞬間に自分がお腹が空いていることに気づいた。そういえば朝も食べていない。 広い木製のテーブルの上に、数々の料理が並んでいる。ノアとレオが笑いながら手を洗いにいき、家には料理のおいしいにおいがあふれていて、アメリアさんはにこにこと食器を並べている。 そんな温かい光景の中で、寂しそうに笑うアシュリーの周りだけ、不思議と冷たい感じがした。

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