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第23話

「アメリアさんたちには、ちゃんと挨拶したい。 …あと、一応ノアにも謝りたい。」 夜、ひさびさに一緒に食卓を囲みながら、アシュリーに告げてみた。アシュリーと食べると、食事がとても美味しい。 ノアも一応善意?でやったことだから、そこでいきなりあんな反応を示されてびっくりしただろう。それに勉強もまた教えてもらいたい。 「いや、謝るのはあっちの方。 …というか正直しばらくテオにあって欲しくないんだけど。」 パスタを食べながら少し口を尖らせている姿が、それさえも美しくてまた絵になる。ずるい人だ。 「…アシュリー、ちょっと怒ってる?」 「…わりと。」 出会った頃僕が食器をわってそれにびっくりして今度は近くにあったフライパンに張ってあったお湯をひっくり返し服をびしょびしょにした挙句火傷した時でさえ怒らなかったのに、、、。 まず彼に怒りという感情があったことに驚く。 「でも、やっぱり謝りたい。僕は知り合いが少ないし、アシュリーのことを大切にしている人は、大切にしたい。」 下手に出てお願いしてみると、渋々分かったと言われた。 「じゃあ、まだ仕事してるはずだから今行く。今日会うのは10分だけ。約束する?」 「え、今?」 「早いほうがいいでしょ。」 食事を食べ終わった後だし、もう夜遅い。そんな風に動揺している間に、アシュリーはパジャマの僕にコートを被せるように着せると、行くよ、と言って僕と手を繋ぎ外に出て鍵をかけてしまった。 「流石にこの格好は、、、」 この格好でどこか行くのはまずい。上はともかく下は明らかにパジャマだ。 しかしアシュリーは全く構わないというそぶりで、階段を降りていく。 そして倉庫か他の人の住居だと思っていた一階のドアを開けた。 …かぎがかかってない、、、? ドアを開けるとまず薬品のにおいが強くして、白衣を着た人が2人いた。アシュリーより幾分年上に見える男性と女性で、男性の方はノアとは違い(失礼)真面目そうだ。 女性の方はとても美人だ。香水の香りがして、なんというか艶っぽい。 …こういう女性は、あの人のことを思い出すから少し怖い。 「かわいいお客さんだね。この子がテオ?」 「そうだよ。ノアいる?」 「奥の方で休憩していると思うよ。」 アシュリーとその女性が話していて、あれ?と思った。女性ものの香水の香りがして、とても美しい彼女だが、声が明らかに男だ。よく考えると背も高い。 「それよりこの子、かわいいなぁ。そんなにみてると食べちゃうよ。」 色っぽい声で近寄られて、危機を感じてアシュリーの後ろに隠れると、アシュリーがこの子はダメ、と苦笑いして僕の頭を撫でた。 「なんだ、アシュリーのお手つきかぁ」 女性(男性?)は降参だというように両手を軽くあげて見せた。お手つき?…ってなんだろう? というかそれより聞かなきゃいけないことがあった。 「ここは?」 後ろから背伸びしてアシュリーに耳打ちをすると、そういえば言ってなかったね、と思い出したように言われた。 「ここが俺の仕事場。この建物、一階が父の病院だったんだよ。 2人はルバートとロイ。父の教え子なんだ。ちなみにさっき勘違いしてたみたいだけどロイは男。」 お父さんの教え子、ということはこの2人は過去のアシュリーを知っているわけか。ちょっと話は聞いてみたいかも。 「まあ、といってもアシュリーはここの誰よりも勉強熱心でとても優秀だから、院長はアシュリーなんだけど。」 「やめてよ、そんな立派なものじゃないし、、、」 2人と話しているとアシュリーが少し幼く見えるな。と新鮮さを感じていると、もういくよ、と言われて奥に連れていかれた。 今度またゆっくり話そうね、と、ルバートとロイに言われたので、軽く会釈した。 まあまあ長い両脇にいくつもドアがある廊下を抜けると、奥の突き当たりのドアをアシュリーがノックした。 「ノア、今いい?」 「…アシュリーさん?テオは!?」 バタバタっと音がしたかと思うとすぐに、勢いよくドアが開いた。 「よかった。深くは聞かないが、まあお前もいろいろあんだな。」 ノアが僕の頭を撫でようとして手を伸ばし、アシュリーの顔を見てすぐに手を引っ込めた。何があったんだろう。 「あの、ありがとうと、ごめんなさい。」 「いや、申し訳ないのは俺の方だけど…」 ノアはなんでお前がそんなことを言うのかわからない、という顔をしている。 「その、僕にいろいろ教えてくれたのに、あんな風になってごめんなさい。でも勉強をわかりやすく教えてくれてありがとう。」 「いや、別にそのくらいどうってことないし。 …てゆーかお前、アシュリーさんに気持ちは伝えたのか?」 いきなり低い声でアシュリーに聞こえないように耳打ちされた。一瞬くすぐったくてびっくりして、肩がビクッとはねた。 気持ちって、なんだろう?アシュリーに伝えたいことはさっき全部伝えたけど、どのことなのかわからないから一概にうんとも言えない。 「ははっ、ごめんごめん、難しい顔するなって。 …でもその様子だと、もう大丈夫そうだな。また一緒に暮らすのか?」 いろいろお見通し、というわけか。やっぱりこの人は雑そうに見えて人のことをよく見ている。 「ああ。」 ノアには何も言っていないけれど、それでも僕が寂しいと思っていたことが伝わっていたんだろう。気を遣わせてしまったかもしれない。 「じゃあ、もう俺たちは帰るから。」 「「え、もう??」」 アシュリーの発言に、反応がハモってしまった。ノアが、アシュリーさん意外と束縛強い、などとアシュリーをからかっている。 そんなノアに構わず、アシュリーは僕を連れて外に出る。外に出るとき、あの2人とはすれ違わなかった。いろいろと忙しいのだろう。 外に出てアシュリーを見上げると、不意に空に目がいった。澄んだ夜空に浮かぶ星々のことを、素直に美しいと思った。 「綺麗だね。あ、あれ、流れ星!」 アシュリーの声で、空を見上げながら足を止めていたことに気がついた。 “私はあの星になるのよ。ずっとあなたを見ているわ。幸せになるのよ。” 不意に、3歳まで一緒に暮らしていた母が、口癖のように泣きながらいっていたのを思い出した。もう随分と長い間、記憶の奥底に眠っていたことだ。 もし彼女が今の僕を見ているなら、もう大丈夫ね、と安心してくれるだろうか。 「願い事した?」 流れ星に願い事をしたら、願いが叶う。そんなことは迷信だろうけど、突然聞いてみたくなったから、尋ねてみた。 「もう叶ったから、感謝してるとこ。」 嬉しそうに微笑むアシュリーの発言に、本当に幸せだな、と思う。 僕はもし彼が一緒になりたい他の誰かを見つけたら、笑顔で送り出す。でも、今彼を笑顔にできているのはきっと僕だから、それが本当に嬉しくて。 「ありがとう。」 もう一回伝えると、僕の台詞だよ、と微笑まれた。行こう、と繋がれた手が温かい。 この幸せな夜のことを、僕は一生忘れないでいようと思った。

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