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第30話

「ただいま。」 「おかえりなさい。」 大好きで、ノアの話を聞いてから一晩中会いたかった彼が帰ってきた。 もう脱いだコートを預かる時期でもないから、彼が玄関に入ってくるなり会いたかった、と抱きつく。 「テオから抱きついてくるなんて、珍しいね。」 アシュリーは目を丸くして驚いたあと、嬉しそうに頭を撫でてくれた。大きな手は自分の体温より少し冷たくて、でもそれが心地いい。 消毒液の匂いと大好きな彼の香りが混じり、鼻をかすめる。その香りに顔を埋めながら、より強く彼に抱きついた。温かい。 ノアに色々教えてもらったからか、アシュリーのことを見たり抱きついたりしても、特に下半身に特段違和感を覚えることはない。むしろこの腕の中で安心している自分がいる。 「テオ、お湯沸騰してる音がする。」 「あっ!大変」 急いで手を離しキッチンへ行くと、アシュリーは名残惜しそうに、でも何か考え込むような顔をしてゆっくりついてきた。 すでに昼食は作って並べておいたので、マグカップを2つだし、それに紅茶を注ぐ。 「ああ、今日も美味しそうだね。作ってくれてありがとう。」 前々から多いなとは思っていたが、アシュリーにありがとうを言われる機会は付き合いはじめてからさらに増えた気がする。 いただきますをすると、アシュリーは先に魚料理に手をつけた。今日はタラのムニエル。アシュリーはどちらかというと魚介が好きなので、週に3度は魚を出すようにしている。 相変わらず美しい金髪と綺麗な青い目、美しい輪郭などに、どうしてもみとれてしまう。 そしてこれは付き合ってから顕著に感じていることだが、彼の所作は本当に綺麗だ。 フォークとナイフを持って食事をしているだけなのに、食べる際に少し髪をかきあげたり、小さめに切り分けて唇に当たらないように食べる仕草など、普通のことがいちいち美しく見えるから不思議だ。 「俺の顔、何かついてる?」 …しまった、見すぎた。言い訳として歯にソースがついているというと、すぐに嘘だと見抜かれてしまった。 まずオリーブオイルがメインのソースが歯についても普通じっと見るほど気にしないでしょ、と。 「アシュリーの仕草って、いちいち綺麗だからついつい見てしまう。」 本音を言うと、逆になんとも言えない表情をしたのち、彼は顔を赤くして口を手で押さえた。 「なんか最近テオがませてて困る。」 モゴモゴと口ごもって言う姿は可愛らしい。本当に何をしてもこの人には魅力しかない。 「ませてる?」 「いや、大人になったな、と。」 「まだ数えで17だよ。」 「あった頃よりはずっと大きいよ。」 そう言えば、背も伸びたなと思い当たる。あった頃に150ちょっとだった背は、今では160を越し、アシュリーとの差は20センチもなくなった。 大人と言えば。昨日聞きたかったことを思い出す。 「ねえアシュリー、僕のこと本当に好き?」 一応確認。心変わりしていたら、それはそれだ。本来なら彼が抱きしめてくれるだけでも、夢みたいなことなのだから。 「それは俺から先に話したでしょ。大好きだよ。色々な意味で。」 優しい声音。僕に言い聞かせるように、目を見て言ってくれた。 吹き出しそうなのをなんとか堪えた結果、彼は盛大にむせていた。こんな反応は今まで見たことがない。明らかに動揺している気がする。 …変なこと言ったかな? 「昨日実はノアに、色々教えてもらったんだ。付き合う上で愛を確かめるのは大切なことだって。 …あと、あの処理のことも話してくれた。アシュリーの手を汚すものじゃなくて、本当は自分でやらなきゃいけなかった。ごめんなさい。」 「…あの人は、また変なこと吹き込んで、、、。」 その声はなんだか少し怒りの色を帯びている気がして、何か言わなきゃいけないと慌てて口を開いた。 「違うんだ。僕が悩んでたから、わざわざ丁寧に教えてくれて。 …ほら、僕は何も知らないから、でも面倒くさがらずに教えてくれた。そんなことも知らないの?ってかなり笑われたけど。色々知れて嬉しかったよ。」 何を言い訳しているのか自分でもよくわからないが、とりあえず思っていることをそのまま口に出すと、そうか、とアシュリーは納得したようにまた微笑んだ。 「テオはまだ子供だから、そんなことは考えなくていいんだよ。」 「さっき大人だって言った。」 「…でも、、、」 「子供じゃないから、教えて欲しい。ちゃんとアシュリーとそう言う話をしたいって、昨日ノアと話してて思ったんだ。」 はっきりと伝える。アシュリーを困らせてしまうだけかもしれないけれど、ちゃんと話し合うことが大事なことを知ったから。 アシュリーは観念したように苦笑いをして、わかったよとつぶやいた。 「…したいよ。最近テオのことどんどん可愛くて、実際にそういうことをしたいって思いながら我慢してる。」 「じゃあ」 しようよ、と言いかけた口を、アシュリーの人差し指がそっと抑える。 「でも、テオはまだ若いし、可愛いし、これからきっとモテると思う。だから俺なんかを初めてにしちゃいけないと思う。 いつかの大切な人にとっておきなさい。」 また、寂しそうに笑わせてしまった。こんな顔はさせたくないのに。 それになんかってなんだ。どっちかというと、…いや、どっちかと言わなくても僕なんかを拾ってくれたアシュリー様だ。 「…ひどい。」 こんなことを言ったら余計に傷つけてしまう。そう思うのに、口から溢れる言葉を抑えられない。

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