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第44話

身体をつなげてから数日経ち、アシュリーと相談してアメリアさんに挨拶をしに行くことになった。 アシュリーの両親が亡くなってから、彼を女手ひとつで育ててくれたアメリアさん。彼女はレオのこともまた、両親を亡くした5歳の頃に引き取ったという。 アシュリーの両親と彼女はアメリアさんの恋人が不治の病にかかったことで知り合ったそうで、結局恋人は一年ほどで亡くなったそうだ。 それでもその恋人がずっと苦しんでいた痛みを取り除いてもらい、穏やかに亡くなったことを、彼女は今でも感謝しているらしい。 そんな彼女の大事な息子…僕も家族だと言ってもらえたけれど…を独り占めして、今後孫ができる希望まで奪ってしまったのだ。 ちゃんと謝って、そしてもしできるなら時間をかけてでもいい、認めて欲しい。 「震えてるけど、大丈夫?」 アメリアさんの家のドアの前、アシュリーが僕を心配そうに見つめてくる。ちなみに今日はまた外に出るからと髪と肌と瞳の色を変えている。もういいって言っているのに。 「怒られる覚悟で謝りに来たけど、やっぱり怖い。」 素直な気持ちをいうと、アシュリーは相変わらず優しく微笑みかけてくる。 「多分大丈夫だよ。怒ったりしない。 …でも、悲しまれるのは確かにあるかもしれないね。」 よく見ると口角が不自然に引きつっている。僕だけじゃなく彼も不安なのだ、ということがわかる。 ただ、彼もアメリアさんに挨拶に行くことには大賛成だった。むしろ行きたい、とさえ言っていた。ちゃんと幸せであることを報告したい、と。 玄関のベルを鳴らすと、お菓子の焼ける匂いとともにアメリアさんが出てきた。 「あら、珍しいわね。2人で来ちゃって。 …遊びに来たってわけじゃなさそうね。とりあえず上がってちょうだい。試作品のケーキを焼いていたの。試食して感想を教えてくれない?」 「いただきます。そして、お邪魔します。」 家の中に入ろうとすると、アメリアさんに口元に人差し指を当てられる。 「ただいま、でしょ?」 「…ただいま」 気恥ずかしいけれど、嬉しくて温かい気持ちになる。アメリアさんは僕のことも、ちゃんと家族だと言ってくれる。 「ええ、おかえりなさい。」 嬉しそうに笑う彼女にこれからしなくてはいけない話を、どんどんしたくなくなってきて心が痛い。この人を傷つけたくない、という思いが強くあった。 言われるままにテーブルに着いて待っていると、生クリームの添えられたふわふわのシフォンケーキが紅茶とともに運ばれてきた。 「とりあえず食べてね。話はその後。」 『いただきます。』 アシュリーと一緒に遠慮なくフォークを持つと、ふわふわすぎて苦戦しながらもフォークで一口サイズに切り、生クリームをつけて口に含む。 そのケーキは、口に含むなり生クリームと一緒に溶けていった。程よい甘さが口の中に広がりその後味の残る間に紅茶を口に含むと、それが本当によく合う。 「すごく、ふわふわで美味しいです。甘さも絶妙で、でもここまでふわふわにするには、きっととても大変ですよね。」 思いのままの感想を言うと、アメリアさんがくしゃ、と顔を歪ませて笑った。 「大変だけれど、その笑顔が見れたから十分よ。」 アシュリーも続けて美味しいです、と笑う。 最後の一口は、もったいないのと、これを食べてしまったらアメリアさんにちゃんと報告しなきゃいけないと言うプレッシャーで、手をつけるのには勇気が要った。アシュリーも同じらしく、目配せをして2人で一緒に口に含む。 「それで、なんとなくわかるけれど、あなたたちの方から聞きたいわね。」 そう言うアメリアさんは、悲しげな表情を見せることなく、変わらずにこにこしている。 どんな言葉で始めようか。どんな風に伝えようか。そんなことをぐるぐると考えながら、口を開く。 「アシュリーと、恋愛的な意味でのお付き合いをさせていただいています。」 本当はそれだけを言うつもりだった。なのに一度口を開いたら、ずっと考えていた喋る必要のないことが、どんどん口から溢れてきて、止まらなくなる。 「…ごめんなさい。僕はただ彼の家に居候させてもらって、こんなにお世話になったのに、ごめんなさい。彼の未来を奪ってごめんなさい。僕が幸せになってごめんなさい。僕なんかがっ…」 それに歯止めをかけてくれたのは、アシュリーの指だった。怒っているかと思いきや、心配そうに、でも優しく見守るようにこちらを見ている。 ふと、自分の頬を生温かい液体が伝っていることに気づく。泣くのなんて、本当に久しぶりだ。いつ以来だろう、、、。 そして、アメリアさんもまた、優しく僕を見守っていた。 「あなたたちは、どちらも幸せなんでしょう?」 微笑みかけられ、迷いなく頷く。大好きな彼と一緒に居られることがいちばんの幸せだ。アシュリーも迷うことなく首を縦に振る。 「ならいいのよ。」 それでいいの、と満足げに頷いて、アメリアさんは続ける。 「私ね、ずっと昔死に別れた幼馴染で恋人がいたの。 それでね、その人にはお前は別の人と家族になって幸せになれ、って言われたのよ。 だけど、その人以外の人と結婚する気はなくて、しばらくしてアシュリーのことを聞いて引き取ったわ。 あなたはあまり甘えてくれなかったけれど、それでもだんだん打ち解けてくれたわね。あなたのおかげで甥のノアとも随分親しくなったわ。 今はレオを引き取ったけれど、レオは甘えん坊でね。とてもなついてくれているの。 そしてテオ、あなたも。 みんな私の家族よ。 多分彼の言った家族っていうのは、別の男性と結婚して、子供を作って家庭を持つ、という意味だったと思うのよ。でも、それでは私は幸せじゃなかったの。 だけど今の形で、とても幸せよ。 つまり、何が言いたいかっていうとね、あなたたちが私の家族でいてくれて、どんな形であれ幸せな未来を選べたなら、それ以上に嬉しいことはないのよ。 謝らないで。感謝したいくらいだわ。」 その言葉は、乾いた地面を潤す優しい雨のように、僕の心に抵抗なく吸い込まれた。そしてそんな優しい言葉に、余計に涙が止まらなくなる。 「もう、泣き止んでちょうだい。もらい泣きしちゃうじゃない。」 つられてアメリアさんが目に涙を浮かべたので、慌てて涙を止めようとするけれど、なかなか止まらない。 やっと泣き止んだ頃にはかなりの時間が経過していて、お昼も食べていきなさいと言われ、その言葉に甘えた。 一緒に昼食を食べながら宝物のように昔の恋人の話をする彼女は、とても幸せそうで、その人はきっと思い出と共に彼女と誰よりもいちばん近いところにあるのだと思った。

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